20:シャドウ・3
シャドウに呼びかけられ、フィカスは緊張した面持ちで小剣を構えた。
自分がまともに戦って、勝てる相手ではない。何とか時間を稼いで、仲間の復帰を待つ方が得策だろう。
でも、この状況下では、その策は上手くいかないだろう。シャドウの数々の自然魔法の前では、時間稼ぎは愚策だ。
「今、サンナにやったのって……。」
遠目だったが、否、遠目だったからこそ、何が起きたか理解できた。
間近で見たことこそないが、嵐の日に見たことがある自然現象。
雷だ。その魔法を操り、サンナに直撃させた。
「おそらく、君の想像通りだよ。そこの彼女に当てたのは雷魔法だ。まぁ、分かったところでなんだって話だけどね。」
シャドウの言う通りだ。
雷を見てから避けるということは、不可能である。
「僕も人殺しには、できるだけなりたくないからね。とりあえず、生かしといてはあげるよ。」
犯罪者なりに、怪盗なりにポリシーがあるのだろうか。
ともかくとして、殺されてはいない。
「けど、死なない程度には攻撃するよ。ここにいるのも飽きてきたしね。」
シャドウは左手をフィカスに向けた。
その掌から巨大な火球が発射された。フィカスめがけて真っ直ぐ飛んでくる。
「えっと!……冷静に……!」
焦っては頭の中が真っ白になってしまう。それでは駄目だ。思考できる余裕を、イメージできる余裕を持たなくてはならない。
避けるよりは……壁だ!
遺跡調査で見た巨大な壁画をイメージする。
創造魔法!
自分の前に壁画を創造し、それを盾とする。
轟音が鳴り響き、爆発が発生した。左腕で目元をかばいながら、フィカスは先ほど創造しておいたブーメランを粉塵に向かって投げる。
砂埃によって相手の姿は確認できない。けれど、それは相手も同じこと。ならば、その状況でいち早く攻撃した方が有利だ。
が、粉塵は突風によってかき消された。ブーメランも向かい風に負け床に落ちる。
「……何の魔法だ?今のは……?」
シャドウが問いかけた直後、フィカスの背後でガラスが割れるような音がした。
「フィーくん!」
氷の障壁を砕いたアベリアがフィカスのもとに駆け寄ってきた。
「サンナは任せろ!お前たちはシャドウを頼むぜ!」
回復魔法が使えるジギタリスが、麻痺しているサンナの治療に向かった。
アベリアはフィカスの隣に立ち、拳を構える。
何もない空間に物質を創りだした……?
物質創造と身体能力強化の使い手か。面倒なのが残ったな。
シャドウは余裕の態度を取りながら、内心舌打ちした。冷静に戦えば敵う相手だが、未知の魔法の持ち主だ。時間がかかる。
それでは駄目だ。時間をかけるのは拙い。
これ以上時間をかけたら、他の冒険者が来るかもしれない。負けることはまずないが、目立つことは避けたい。ならば……。
風魔法を使い、シャドウは自分の身体を浮き上がらせた。
「欲しい物は手に入ったことだし、そろそろ行かせてもらうよ。」
そのまま飛びあがっていき、天井のステンドグラスを割ってシャドウは闇夜の中に消えた。
「……シャドウは?」
若干よろめきながら、サンナはフィカスへと近づいた。
「行ったよ……それより、大丈夫なの?」
「まぁ……痛みますが……。」
「回復魔法はかけたが、かなりのダメージだ。しばらくは安静にしてるべきだぜ。」
「そっか……ジギタリスとアベリアは?怪我はない?」
二人は「大丈夫。」と頷いた。
「良かった……。」
誰一人、死んでいない。サンナがダメージこそ負ったが、ジギタリスの回復魔法によって命に別状はない。
クエスト本来の目的を達成することはできなかったが、あの強敵を相手に死人は出なかった。そのことを今は喜ぶべきなのだろう。
「それじゃあ帰るか!疲れたし寝るぞ!」
「ボロボロになっちゃったけど、平気かしら~?」
炎や氷によって部屋は荒れてしまった。何も置き物がないのが、せめてもの救いか。
「そういえば、シャドウは何で盗むんだろ……?」
ふとしたフィカスの疑問は、美術館の暗闇へと吸い込まれていった。