204:印象
これで両戦力は、英雄と呼ばれるに相応しい存在のみが残った──。
倒れたサンナが衛生兵によって回復され、エレジーナにおぶわれて退場するのを見届けてから、ノウェムはため息を吐いた。
結局、自分は何も出来ずに審判という仕事をしてきただけ……。
やっぱり、それじゃ駄目よね……。
”元”勇者の仲間たちは何やら町中の冒険者に訴えかけているようだし、”賢者”も夜中にどこかに行っていたみたいだ。
きっと皆、自分に出来ることを探して動いている。より良い結果を得るために。
それなのに姫という立場でありながら、国王である父には逆らえない、という言い訳をして傍観していていいわけがない。
「……よし。」
もう一度、しっかりと父と話そう。
私に出来ることは、きっとそれだけだから。
「──お父様。お話があります。」
父の寝室を訪れると、単刀直入に私は話を切り出す。
「試合の結果により、彼の処遇を決めるというお話ですが……。」
「その話か。それについては、私もよく考えていた。」
「えっ?」
想定外の返答に変な声が出てしまった。
「どうしたノウェム?この私が残虐なことしか考えてないとでも思っていたのか?」
「い、いえ。そういうわけではなく……。」
正直、少しばかり図星だった。
いつも仕事──つまり国のことばかり考えていて……国王という立場であるため、それが当然ではあるのだが──第一主義で、厳格で優しさを見せない。
それが父に対する印象であった。
「彼の……勇者候補の戦いを見て、少し考えを改めねば……と思ったのだ。」
父は椅子にもたれかかり、疲れたように天井を見上げる。
「それと同時に、英雄の実力に恐ろしさも感じた。もし彼らが本気で襲いかかってきたなら……と考えてしまってな。」
”賢者”ドゥーフ
”魔人”アズフ
”聖人”アギオス
それぞれ別大陸で最強と称される存在だ。
この試合でも国際連合の勝利は全て彼らが挙げている。
「彼らのうち一人が敵に回っただけだとしても、場合によっては国が亡ぶ。」
私の方に視線を向ける。
「だからこそ、勇者候補の彼と……”魔女”を確保する必要がある。負けた場合には約束通り彼らには国のために働いてもらう。もし英雄に勝てたのなら……願いを一つ叶えると約束する。それを伝えてくれまいか?」
「……はい。承りました。」
根本的な部分はほとんど変わっていない。
だが父の彼に対する印象は大きく変化してきている。
「それではお父様。失礼いたします。おやすみなさい。」
それは良い兆候だ。
このまま全てが上手くいけば、平和的に事態を解決出来る。
父の寝室を出ると、使用人の手伝いをしてくれている少年の姿を捜した。
「すみません。負けてしまって……。」
「まっ、あれは仕方ないわよ。相手が上手だった……それだけよ。」
頭を下げるサンナをなだめるように、セプテムが頭を優しく撫でた。
「これで向こうは英雄の三人。こっちは私とフィカス。」
長かった試合も大詰めだ。
「次の勝負で勝つから、実質同数ね。それで……どっちが出る?」
もの凄い自信だな……。
サンナは聞きながらそう思い、そもそもセプテムがそういう性格であったと再認識した。
怪盗シャドウの頃から、自信家な発言が多々あった。あれは演技ではなく、元々の気質であったということか。
「僕が出るよ。」
フィカスが即答する。
これはサンナの出番が決まった時から考えていたことだ。
「アズフが二回連続で出てくるっていうのは考えにくい……から、アギオスかドゥーフが来るわけだけど……どっちが相手でも、どうにかなると思う。」
「ふーん……。」
セプテムは若干不満そうだが、ひっそりとエレジーナは頷いた。
魔法の相性的に、フィーくんが出た方が良いよね。逆に”魔人”はセプテムちゃんの魔法で派手にいった方が良い。
「おう!それでいいと思うぜ!」
「フィカスさんなら、誰が相手でも勝てますよ!」
ジギタリスとエヌマエルが嬉しそうに何度も頷く。
その隣でマカナとウルミも静かに頷いた。
「ありがとう。それじゃあセプテム……僕でいいよね?」
「ええ。任せるわよ。」
ここまで士気が高まっているのなら、素直に譲った方が良い。
セプテムは頭の後ろで手を組むと、アベリアの方を見る。
「ほら、あんたも何か言ったら?」
「えっ?……うん。」
緊張した面持ちになり、アベリアはフィカスを見つめる。
そして小さな声で呟く。
「頑張って。」
何で告白してからそんな調子なのよ……?
セプテムは額に手をやる。
気持ちを伝えたらかえって恥ずかしいって……どんだけ初々しいのよ。この様子じゃあこれからしばらくの間、これを見せつけられることになりそうね……。
ちなみにアベリアの告白の出来事は、なんか様子がおかしいエレジーナから聞き出した。
「──うん。任せて。」
フィカスはしっかりと頷いた。
そして翌日──。
いつも通りの装備をして、フィカスは舞台に向かう。
重要な局面ではあるのだが、気負いとかは特にない。
一度立ち止まり、腰に手を伸ばし短剣の柄に触れる。
──よし。
行こう。
 




