203:注意
小さく、短く息が漏れる──。
サンナはアズフに肉迫し、両手に持ったナイフで休みなく攻撃を繰り出す。
「……。」
アズフはサンナの顔を見つめながら、他人事のようにナイフを捌いていく。
刀で右からくる刃を受け止め、手首を捻って左からくるナイフに刀の先を当てる。受け止めることは出来なかったが、狙いから逸らすには充分な効果があった。
ことごとく防がれ、躱されるもサンナの攻撃は止まない。低い体勢を維持し続け、攻撃を繰り出し続ける。
……荒っぽいなぁ。
前の戦いで見せた戦術はなんだったのか?頭をまるで使わず、ただやみくもに攻撃しているようにすら感じる戦い方だ。
何か役立つと思ってたけど、こんなのだったら早めにケリを着けていいかも……。
「……。」
……そろそろか。
不意にサンナは背筋を伸ばし、右手のナイフを放り投げた。
「……ぐふっ!?」
アズフの意識が上へと向いたその瞬間、膝を腹部に入れる。
低い姿勢を維持して攻撃し続けていれば、それが普通に思えてくる。そしてただ連続で単調な攻撃仕掛けるのも同様だ。
実際には僅かな時間であったとしても、戦いの最中ではそれも長い時間のように感じられる。
「……なるほどねぇ。」
そのまま組み伏せられた状態で、”魔人”はニタァ……と笑う。
さっきまでのは全部、普通と認識させるためのものだったのかぁ……そこに急に別のことをやられたら、注意力がそっちに向いてしまう。
この状態まで持っていくための作戦だったのかぁ……。
「前言撤回するよぉ。君……やっぱり面白いなぁ。」
その言葉にサンナは背筋に悪寒が走った。
まるで危機感を感じていない……本当に人なのか?こいつは?
……いや、動揺するな。ここで気を抜いたら形勢逆転される可能性がある。
「……殺すのはルール違反ですが……腕を奪うことは違反ではありませんからね……。」
たとえ回復魔法持ちに変化したとしても、切り落とした腕を再生することは不可能なはず。ここで腕を失わせれば充分に……。
「あれぇ?もしかして動揺してるのぉ?」
アズフの身体が動いた。
上に乗るサンナの身体を突き飛ばし、脚を振り子のように振って起き上がる。そして着地した時に曲げた脚をそのままバネとし、サンナの身体に突撃する。
「なッ!?……ぐッ!」
胸元に頭突きされ、動揺するもそのまま頭を両手で掴む。
この際、どうやって脱出されたかはどうでもいい。奴は今、武器を持っていない。不意を突かれたが、このまま対処する……。
「無駄な抵抗に変わりは……がぁッ!?」
急に身体に締め付けられる激痛が走る。
「考えちゃダメだよぉ……?もっと必死にならないとぉ……。」
アズフの両腕がまるで触手のような、不気味な黒く長い腕へと変化していた。時折浮かぶ泡のようなものは、見方によっては鼓動のようにも目玉のようにも見える。
それがサンナの身体を絡め取り、引き裂かんとばかりに縛り付ける。
「こッのッ……があぁッ!?」
何とか振り解こうとするも、力が強すぎる。頭を掴む手から力が抜け、魔人の顔が見つめてくる。
「ほらほらぁ考えて何とかしてよぉ?でも考えて動いちゃダメだよぉ?」
「ぐっ……なに……を……ッ?」
一体何を言いたいんだ魔人は?
……ダメだ。魔人の戯言に耳を貸すな。
それよりも今は、どうやって脱出するかだ。
激突された時にナイフを落としてしまった。もう一本は投げてしまった。手元に武器はない。だが振り解くだけの力がもう入らない。激痛を堪えるのに精一杯だ。
……なら、武器を新しく取り出すしかない。
「ぐぅ……ッ!」
歯を食いしばり、両手を動かす。
よし……少しなら動かせる。
ナイフはあと四本、身に着けている。ブーツに二本と腰に二本だ。
ブーツに隠したナイフを取り出すことは不可能。ならば腰に帯刀しているナイフをどうにかして引き抜くしかない。
「このッ……放せッ……!」
悪態を吐き注意を逸らし、ゆっくりと腕を腰へと伸ばす。密着している状態とはいえ、服がこすれることである程度なら動ける。
……あと少し……もう少しで……届く……。
「……ねぇ?」
ナイフの柄に手が触れた。
その瞬間に話しかけてきた。
「……なんだ……?放す気に……なったの……か?」
これで腕を斬れば、この厄介な拘束も……。
…………。
ナイフを引き抜こうとしたその刹那、どうにも嫌な予感がした。
こうもあっさり反撃出来るものなのか?
そもそも、どうして魔人は拘束という攻撃しかやってこない……。
「あ、気付いた?」
その言葉を聞いた瞬間、分かってしまった。
分かったその時には、既に手遅れということも……。
「がッあッ……!」
腰に何か鋭い物が刺さった。そして拘束が解ける。
何が……爪……?
異様に長く、不気味に蠢く腕の先がナイフのようになっている。
……あんなことも出来るのか……。
爪が迫ってくる。
逃げないといけない。けれど身体が思うように動かない。先ほどまでのきつい拘束が響いている。
いや……そもそも……。
「ッ……!」
爪で身体を深く斬られ、サンナは倒れた。
「普通と思った時点で、後手ってことなんだよねぇ?」




