197:コントロール
「……。」
ウルミは闘技場の舞台に立ち、向こう側に立つ人物を睨み付けた。
……やっぱり……そっちか……。
”魔人”への情報提供があると考えれば、自ずと答えは出る。
「ハッ!またザコが相手かよ……ったく面倒な催しだな。」
”賢者”ドゥーフ。
恐らく、最強に最も近い存在だ。
対応力・応用力で言えば”魔人”の方が上手なのだろうが、それでも一番強いのは誰か?と尋ねられたら”賢者”と答えるのが正解だろう。
物を操る──。
分かりやすくて、単純に強い魔法だ。
人は物を身に付け、世界は物で溢れている。それら全て自在に操れる存在を相手に、どうやったらまともに戦うことが出来るのだろう?
唯一例外があるとすれば”聖人”だが、残念ながらそれは敵だ。
……多分、というか絶対勝てない。
「……。」
でも、足掻けるだけ足掻かなくちゃ。
捨て駒にはならない。転んでもただでは起きない。
何かしら次に繋げる何かを見つける。
……でもそれは、同時に”魔人”を強化することにもなってしまうのだけど。
「はぁ……まぁ、テキトーに遊んでやるよ。精々楽しませてくれよ?」
「……。」
上等。
「それでは試合……始め!」
姫様の合図が送られた。
ウルミは懐から小瓶を取り出し、空高くそれを放った。
そしてボウガンを構え、ドゥーフの心臓に狙いを定める。
──要は物に意識を向けることで発動する魔法……。
だったら、同時に意識を向けられないよう工夫すればいい。
「ハッ……!」
それでどうにかしたつもりか?
ドゥーフはウルミの行動を鼻で笑った。
意識を向けるっつーことは、それを見る。もしくはそれを近くにしておく必要があるってことだ。それに関しては間違っちゃいない。
「だがよ……!」
ずっとこの能力を持っている俺が、んな思いつきの策にハマると本気で思ってんのか?
「オラッ!」
地面を大きく隆起させ、塔のようにしその上に立つ。
これで放られた小瓶を警戒する必要はなくなった。既に自分よりも下だ。
そして槍を上から投げつける。
「……。」
──どうする?
ウルミは頭を働かせる。
避ける?いや、それは想定内のはず。それなら……。
脚に巻き付けていた鞭を取り出し、ウルミはそれを槍に放り絡みつける。
これで槍は、本来の使い方が難しい状態となった。イレギュラーをコントロールすることは、リスクが大きいはず。
「考えるじゃねぇか。」
彼はそう呟いた。
次の瞬間、槍は空中で急停止した。
その上に”賢者”は降り立つ。
「だが……そういうのを浅知恵って言うんだよ!」
槍に絡みついていた鞭が解け、ウルミに飛びかかっていく。
「……!」
思ったよりも繊細だ……!
物を動かす程度だと思っていた。まさか手先の器用さを要求される作業をも出来るとは……。
とりあえず、鞭で拘束されると不味い……ちょっと勿体ない気もするけど、ここは刃物で切って……。
「ッ……!?」
その時、頭上から何かが降り注いでいた。
一体何……ッ!?
目が回り、視界がぼやける。
これって……。
「テメェが最初に投げた小瓶だ。その様子だと、行動を封じる毒ってところか?」
やられた……。
自分から仕掛けたことなのに、敵の派手な魔法のせいで失念してしまっていた。毒を入れておいた小瓶を避けたものだとばかり思っていたけど、こっそりと回収されていた……。
「う…………。」
ダメだ。
立っていられない。
「……さっさと降参しろよ。」
うずくまるウルミを見下ろし、ドゥーフはぼそりと言う。
ここで足掻いたって、何の意味もないだろうが……!
「……ま……まだ…………。」
消え入りそうな声を出し、ウルミは地面を小さな拳で叩く。
まだだ。ここで終わっていいはずがない。
もっと仕掛けて……情報を……。
「がっ……!」
その小さな背中に蹴りが入った。
彼女の身体は地面を転がり、そのまま力なく横たわる。
「うぜぇんだよ。そういうの。」
仲間のため、とでも言うつもりか?
くだらねぇ……。
個を信用するのはともかく、多数を信用するってのが気に入らねぇ。仲間なんてしょせん、群れているだけの存在じゃねぇか。
そんなものをどうして信用出来る?どうしてそんな奴らのためにって思考になる?
「うぜぇんだよッ!」
魔法でウルミの服を操り、宙へと高く吊り上げる。
「……ッ。」
ぼやけた視界で、ウルミはドゥーフを睨み付ける。
今の状態で、この高さから落下したらタダじゃすまない。
死ぬ危険だって充分にある。
まぁでも……そうしたら奴が失格になるか。
そう考えたら、このまま落とされてもいいかもしれない。自己犠牲なんて以前の自分なら考えられなかったけど、やかましい連中と一緒にいることで、自分でも気づかないうちに考え方が変わっていったのだろう。
そっと目を閉じる。
一瞬、浮遊感。そして落下していく感覚がする。
このまま落ちて地面に激突して……。
…………あれ?
身体にかかる落下の感覚がなくなった。でも何にも当たらない。
目を開けてみると、まだ宙に浮いていた。すぐ下には地面。
「戦意喪失……だろ。おい!さっさと俺の勝ちにしろ!」
ドゥーフはノウェム姫に怒鳴る。
助けられた……?
ウルミの身体が地面に倒れる。
どうして……?