196:戦略
「いやー凄かったよサンナちゃん。」
「……どうも。」
宿舎への帰り道──。
エレジーナがサンナを褒めるも、サンナはぶっきらぼうに返事をし後ろをチラリと見た。
「……話さなくってよかったの?」
「……ええ。特に話したいこと、ありませんから。」
試合が始まる前の会話で、色々と言いたいことも出てきた。けれど決着の瞬間を迎えた時、何を言ったらいいか分からなくなって、結局何も言わないで別れた。
だがそれできっと良い。
協力関係を結んだ相手であるとはいえ、今は敵同士だ。
負けたラフマはもういいのかもしれないが、私にはまだ試合が残っている。余計な情は持たないようにした方がいい。
「それよりも、明日の試合です。相手の残り戦力は四人。」
現在、こちらが一人リードしている。
このまま順当にいけば……勝ちだ。
「上手くいけばねー。」
宿舎に到着し、早速会議を始める。
相手の人数が半分になった。そろそろ選出を読んでいきたい場面だ。
「……明日は……私が出る……。」
聞き慣れない声がした。
皆が思わず声の主を捜して顔を動かすが、マカナの視線が動いていないことに気付き、次いで声の主が誰であるかに気付く。
「……いいでしょ?」
「六……号……?」
声の正体はウルミ──通称、六号だ。
今まで数えるほどしか発声しなかった彼女が喋り出した。
「多分……英雄の誰かがくる。……だったら、私が出るのが……多分、一番いい。」
「六号ちゃん……喋るの初めて見た。」
「えっ?嘘でしょ?」
エレジーナの驚くところがズレている……が、その気持ちは分からなくもない。
無口な彼女が急に喋り始めて──。
「聖人は来ない、と思う。賢者か魔人……どっちが来るか分からないけど……どちらにせよ、皆を温存するべきだと思う。」
──戦況を冷静に分析し、同時にこの勝負における自分の価値も理解している。
「情報を引き出すって意味でも、私が出て問題ないと……思う。……何かある?」
「いいんじゃないかしら?ベスト……かどうかは分からないけど、ベターな選択だと思うわ。」
真っ先に頷いたのはセプテムだった。
国際連合はもう、三英雄で勝ちにいく策のはず。ならその実力を、戦略を出来るだけ引き出しておきたい。チームとして勝つには、そういう戦略も必要だ。
ラフマは恐らく、クッションのような役割として起用されたのだろう。
勝っても勝てなくてもさほど影響しない駒──いわば捨て駒だ。
「アギオスを回復させる時間稼ぎって意味もあるだろうし、ドゥーフかアズフが出てくる。その次はまた捨て駒としてのリコリスか、もう一人の英雄。」
「そこまで読めるなら、次の勝負を重視した方がいいってわけだねー。」
セプテムたちの会話を聞いていて、マカナは顎を摘まむ。
戦略としては、向こうと同じ思考っていうわけだ。
それで合っているのか?別の手があるんじゃないのか……?
「うん……だから私が出る。まともにやって、私が勝てる相手はいない、と思う。」
ウルミは皆の顔を見回す。
「私はこのパーティが好き。エレジーナとジギタリスは……正直ウザいと思うけど、このパーティが好き。」
その言葉に二人はショックを受けた顔になる。
「いや、薄々分かっていたことでしょう?」
サンナがツッコミを入れた。
「だから皆を守るために、私も働きたい。勝ち目はないかもだけど……捨て駒なんかじゃない。一つでも多くの情報を引き出して……次に繋げる。」
「うん。偉いよ六号ちゃん!相棒として、私も誇らしく思うよ。」
「……。」
「あれっ!?」
やっぱり、エレジーナには口をきかないのか。
「エレジーナの相棒は私です!」
黙っていたエヌマエルも混ざってきた。
「いやーモテるって辛いねー。」
「モテてるんですか?それ……。」
段々と騒ぎが大きくなってきた。
うるさいな……出るか……。
マカナはため息を吐いて、そっと部屋を後にした。
翌日──。
「……。」
ウルミはベッドに武器や道具をばらまき、選択に悩んでいた。
賢者が相手なら、軽装の方がいい。魔人が相手なら、沢山持っていった方がいい。リコリスが出てきたら……それは計算外。度外視しよう。
「……。」
やっぱり、全部持っていこう。
そもそも、暗殺者の道具を普通の冒険者が理解しているとは思えない。
賢者の捻くれた性格的に知っているのかもしれないけど、大きな影響はないはず。魔人だったら知られていても、何も変わらない。
結論、誰が相手でも、沢山持っていく。
「用意、出来たか?」
マカナの声がドアの向こうからした。
「……うん。」
小さな返事をし、必要な物を身に付け扉を開ける。
「繋げるための戦い……って言ったよな?」
「……。」
言った。
それが自分に出来る選択肢だと思っているから。
「どうせなら……勝てよ。」
「……。」
マカナの口から、そんな言葉が出るとは。
少し驚いた。いつもぶっきらぼうで、冷めていて、周囲に無関心な人だったから。
「うん。……勝つよ。」
なら私も、少しは変わってみようか。