195:戦術
試合開始の合図とともに動いたのはラフマだった。
彼女の人間離れした身体能力は、一瞬でサンナとの距離を詰めた。そして右腕を横から大きく振るい、その手が、爪がサンナの身体を刻もうとする。
「……ッ!」
サンナはナイフで防ごうとするも、勢いを受け止めきれずに後方へと押し出された。
傷はない……が大した力だ。
サンナはしかめっ面になる。
馬鹿力で押してくる相手は厄介だな。苦手と言っていい部類かもしれない。アベリアと手合わせをしておくべきだった。
だが、やってこなかったこと、現状を嘆いても仕方がない。今やるべきことは、その状態でどう動くかだ。
ラフマのパワーとスピードはアベリアに引けを取らない。少なくとも私よりは上だ。
「……ふんっ。」
確かめる必要がある。戦術を組み立てるのはそれからだ。
私は地面を蹴って、ラフマへと迫る。同時にナイフを鞘から抜き、二刀流の構えをとる。
「……いいね!」
ラフマは歯を見せて笑った。
真っ向勝負は好みだ。目がそう言っている。
距離が縮まり、ナイフが届く位置になる──ところで右へ跳ぶ。
「フェイントになってねぇぞ!」
「──だろうな。」
ラフマは私を追いかけて移動する。
ここまでは想定通り。というより、当然の反応だ。
だから──。
翼を生やし、それを使い瞬時に逆方向へと跳ぶ。
「こっの……!」
ラフマはそれに反応した。だが急停止した足は地面を滑り、数メートル距離が出来る。
「やはりな。」
それを見てナイフを投げつける。
「チ……。」
左腕を軽く切られ、ラフマは舌打ちした。
だが今の舌打ちは、それだけによるものではないだろう。
予想通りだ。
アベリアは”力”によって動きを制御している。だからこそ急旋回にも力で即座に対応出来る。
だがラフマはそうではない。あくまで彼女は動物的な動きだ。如何に人を超えた”力”を持っていようと、力だけで全身を支えることは出来ない。
そこが両者の差であり──。
「──私の勝ち筋だ。」
「……。」
ラフマは歯噛みしてサンナを見つめる。
なんか……思ってたよりずっと冷静だ。
戦う姿を前に見た時から、もっとガンガンいくタイプかと思っていた。だから面白い勝負が出来るかと思ってた。
だけどこりゃあ……たしかに”冒険者”だ。
多分、あたしのイメージにあった彼女は”サンナ”であって、”冒険者”ではなかった。
「……らしくなってんじゃん。」
けれど今は、それらしい知恵と思考を身に付けている。
あたしはそういうの苦手だけど、リコリスとかが得意なことだ。それでもって、多分その方が強い。
「いいよ……面白くなってきたァ!!」
「ねぇ……東大陸に行った時に、何があったの?」
ラフマの攻撃を躱すサンナを見て、セプテムはエレジーナに尋ねた。
それもただ躱しているわけではない。常に次を考えて動いているように見える。当然と言えば当然だが、以前のサンナならもっと攻撃的な戦術を組み立てていたはずだ。
言ってしまえば、らしくない。
「うーん……大したことはしてないよ?しいて言えば、冒険者らしさっていうのを、少しだけ教わったってことかなー。」
「そりゃあ冒険者なんだから、当たり前……。」
いや、そうでもないか。
彼女は冒険者にしては暗殺者寄りで、暗殺者にしては攻撃的過ぎる。
「……つまり、あの子の性格に合った戦術を教えたってこと?」
「ううん。」
エレジーナは首を横に振った。
「基礎というか、ちょっとしか教えてなかったはずだよ、魔人は。そこから進化したのは、サンナちゃん自身のものだよー。」
「……そう。」
セプテムは改めて舞台を見る。
サンナはラフマのパンチをスレスレのところで避け、首元目がけてナイフを振る。
ラフマは大きく後方へと跳躍し、それをすんでのところで躱す。
攻撃的な立ち回りは変わっていない。しかし攻め一辺倒ではなくなった。相手の動きだけでなく、相手の思考についても考えるようになった。
それ故に安定した戦い方となった。
「……。」
小さく息を吐く。
──どうくる?
大振りは躱せる。それはラフマからしてみても分かってきたことだろう。ならどうしてくる?相手から見て、私の隙はどこだ?
……きっとあれだ。
ナイフを握り直す。
「……だったら。」
ラフマは足を大きく開き、腰を落とす。
そして全力の速さで跳びだした。
サンナは先ほどから、距離を空けずに攻撃を躱している。カウンターを狙う戦術に近い。
それはつまり、ギリギリで避けているということだ。
だから、それでは躱しきれない一撃なら──!
「……!」
サンナの目が見開いた。
地面を蹴り翼を生やし、低空飛行でラフマから離れようとする。
「逃がす……かぁっ!!」
ラフマはそれを見て跳躍した。
走って追いかけたら、また急旋回で距離を空けられる。その点ジャンプならその問題はない。
「……待っていましたよ。それを。」
サンナは突如、立ち止まった。
そして、腰に差してあった武器──手裏剣を取り出す。
「空中なら、逃げられませんからね。」
「……ッ!」
手裏剣がラフマの腕に刺さり、バランスを崩して落下したところに接近し、ナイフで背中を斬りそのまま地面へと押し伏せる。
「ぐぎゃっ!」
ラフマが抵抗する前に腕を捻り、動きを封じる。
「私の職業を忘れてしまっては困ります。」
首筋に刃が当てられる。
「──私の勝ちだ。」