194:思い出
「なぁ……なんか、様子変じゃねぇか?」
翌日──。
いつもよりもボーっとしているフィカスの様子を見て、ジギタリスは小声でマカナに尋ねた。
「……そんなこと……あるかもな。」
落ち着きがないというか、心ここにあらずというか……。
とにかく、様子がいつもとどこか違う。
「あいつから冷静さを奪ったら何も残らないってのに……一体どうしちまったんだ?」
「他にも色々と残ると思うが……変なのは確かだな。」
時折女子のいる方を見て、視線に気が付いたアベリアが手を振る。そして視線を逸らす。
そんなことが何回も繰り返される。
「──女子と何かあったみてぇだな。」
「見てれば誰でも分かるだろ、それ。」
急に女性の誰かを意識し始めたってところか?
それとも今日戦う予定のサンナに何か言いたいことでもあるのか?
「まぁ普通に考えて……誰かに脅されたってとこだな。」
ジギタリスは顎を摩り、探偵気取りでそう言う。
それを見てマカナは呆れる。
普通に考えて、なんでそれが真っ先に出るんだよ……。
「けど、その線もなしでは……ない、のか?」
「おう!やっぱセプテムかサンナだな!理由は分からんが!」
「大穴はウルミか。でも案外エヌマエルとかアベリアの可能性も……。」
まぁエレジーナはないな。
「で、どうするんだ?」
「ん?特に何もしねぇぜ?」
ジギタリスは平然とそう答え、マカナは今度は驚く。
「どうしてだ?」
彼の性格的に首を突っ込むかと思っていた。
なのに何もしないって……ちょっと茶番に合わせてしまったのが恥ずかしくなってくる。
「どうしてって……そりゃあ暗い様子じゃねぇからな!悩むことくらい、誰だってあるもんだろ。もし助けが必要そうだったら手を差し伸べるけどよ……今回は平気そうだからな。」
そう言われて改めてフィカスを見る。
たしかに……あの様子を見る限り、悪いことがあったってわけではなさそうだ。だったら、こいつの言う通り見守る方がきっといい。
「にしても……お前も悩んだりするもんなんだな。」
「ガハハ!そりゃ悪魔だからな!」
「悪魔は関係ないだろ……。」
「……。」
広まってない、もとい誰も気が付いてないみたいだねー。
二人の様子を見ていたエレジーナは独り頷く。
広まったら良くも悪くも周囲に影響が出るからねー。まだ隠していた方がきっといい。
昨日のことを知っているは当人たちと、私と六号ちゃんだけ。全員口は堅い方だと思うし、これなら大丈夫かなー?
「……エレジーナ?なに独りで頷いてるんですか?」
「あっサンナちゃん?これはねー…………何でもナイヨ?」
「……。」
また変なことでも考えていたんだろう。
サンナはジト目になる。
まぁいい。今は気にしている場合じゃない。
今日の試合……絶対に勝つ。
「おっ!あたしの相手はサンナかー。」
夜──。
闘技場の舞台でサンナとラフマが対面する。
「いや~無理やり出させられてイヤだったけど……サンナが相手なら、悪くないかな。」
頭に生えている犬耳がピョコピョコと動く。
「どういう意味ですか?」
サンナは静かに問いかける。
「初めて会った時……パーティ全員が揃った時のこと。思ったんだ、一人だけ手練れがいるってね。」
ラフマは目を細め、懐かしそうに話す。
「他の三人もいい魔法を持ってるって分かってたけど……なんかまだ初心者っていうか……なんて言うんだっけ?そういうの?」
「初々しい……ですか?」
ラフマは大きく頷いた。
「そうそれ!だけど一人だけ、全く違う雰囲気があってさ……多分スクォーラがあの時に警戒していたのは……意識してたのはフィカスかアベリアだと思うけど……力量で言えば、あんたが一番だと思ってたんだよね、サンナ。」
その言葉に溜め息が思わず出る。
「過去の話ばかり……今の私は、警戒に値しないということですか?」
「前に比べたら、かな?……この世界ってさ、魔法が物を言うっていうか……大きく実力に影響してるわけじゃん?だから魔法がないってのは……それだけで甘く見られると思うんだよ。」
なるほど……。
当時は戦ってみたいと思っていたわけか……。
ラフマは足を開き、重心を下げる。
「あたしには……顔も知らない親から受け継いだ能力がある。唯一無二の……多分、あたしだけの能力が。サンナ……あんたはどう?」
「……たしかに私には、そういう類のものはありませんね。」
天使族ならば、誰でも翼を持っている。
エレジーナは怪我で翼をほぼ失っているために普段は使わないだけで、持ってはいる。
つまり、特別な能力というわけではない。
他にはない、自分だけの力。
それをサンナは持っていない。
「ですが……それがどうした?」
それでも尊敬する人は──エレジーナは強い。
何かを持っていれば当然優位になるわけだが、それだけで全てが決まるわけではない。
「私は確かに、それもあって勝てないことが多かった。特に冒険者になってからは。だが……。」
向かい側の客席を──魔人を見やる。
今はあの人は敵だ。けれど、あの人のおかげで強くなることが出来た。
そこだけは感謝している。
「それも全て、お前の言う過去の私だ。ここで見せてやる……”冒険者”サンナの実力をな……!」