193:愛
「……ん…………。」
アベリアは目を覚ますと、天井が目に映った。
あれ……なんでここに……?
ボーっと天井を眺め、記憶を掘り返す。
今日はえっと……そう。聖人と戦って……勝ったと思って……それで……。
「そっか……負けたんだ……私……。」
油断していた、というのもあった。けれど、それ以上に意表を突かれた。聖人は武器を使わない、そういう無意識な先入観と思い込みがあった。だから負けた。
「あ……起きた?」
「え……?」
顔を動かすと、フィーくんの背中が見えた。そして彼はすぐに振り向く。
その手にはバスケット、フルーツが入っている。
「うん……皆は?」
部屋には私とフィーくんだけ。他には誰もいない。
「明日の相談……かな?僕はアベリアを看ていてって皆が……。」
「そう……。」
もしかして、気を遣ってくれたの?
嬉しいけど、恥ずかしくもある。というか、皆にバレてるの?
「……えっと、そのフルーツは?」
これ以上考えると頬が赤くなってしまいそうなので、無理やり違う話題にする。
バスケットにはリンゴとかブドウが入っている。他にはバナナとか。どういう組み合わせ?
「あ、これ?エレジーナが買ってきたんだ。看病にはフルーツだって。食べる?」
「ううん。後でいただくわ。」
エレジーナが、かぁ……。
何かちょっと不安になってくる。
「そっか。」
フィーくんは机にバスケットを置き、ベッドの傍に置いてある椅子に腰を掛けた。
沈黙が部屋を漂う。
お互いに何も言わず、ただゆっくりと時間だけが過ぎていく。
「…………ねぇ。」
ふと呼びかける。
「……こっち……来て……?」
「ん?うん。」
彼は何も疑わず、椅子から立ちベッドに腰を──私のすぐ傍に座った。
今なら……。
…………。
少し躊躇う。
でも……。
今までで一番落ち着いている。
さっき、負けたからかな?
これ以上、恐れるものはないって気分だ。
だから……。
欲望のままに……。
自分に素直になって……。
「……好きだよ。」
そう告げる。
彼が何か言う前に、その頬に口づけする。
「…………えっ?」
ワンテンポ遅れて、驚いた顔を彼は見せた。
いつも落ち着いていて、優しくて、穏やかな彼が、こういう表情を私に見せることが、たまらなく嬉しい。
「──愛してるよ。フィーくん。ずっと前から。」
言えた。
胸の内を、やっと言えた。
「……アベリア…………?」
目の前で微笑む──幸せそうに笑う彼女を見て、今さっき起きたことが何度も頭の中を駆け巡って、思考が真っ白になる。
驚きがあって、動揺があって、暖かいような知らない感情が出てきて、ただただ彼女を見つめる。
「フィーくん、私ね。最初は初めての友達だったから、そう思ってたの。でもね、それじゃないって、少し違うって分かってきたの。」
アベリアは自分の胸に手を当てる。
「貴方のことを考えることが増えていって、その度にここが暖かくなって……ドキドキもするけど、幸せな気持ちになれたの。」
僕に向かって手を伸ばしてくる。
「私は……フィーくんに出会って、少しずつ変わっていくことが出来た。貴方は……どう?」
僕の胸に彼女の手が触れる。
「フィーくんにも、変わっていってほしいの。自分の幸せのために行動出来る……そんな人に。そのために……私が必要だって言ってくれたら、嬉しいな?」
幸せの……ために……か。
自分の信念とは何か。正義とは何か?
そんなことを考えてばっかりで、そういう方向から考えて……いや、これまでもずっと、自分の幸せを考えてこなかったかもしれない。
誰かのことを優先させるのが当たり前で、自分の優先順位はいつだって最下位。
それが僕の中の常識だったから。
「えへへ……意地悪な言い方だったよね?でもねフィーくん?私は貴方と幸せになりたい……そう思っているわ。」
アベリアは目をキラキラさせて、本当に嬉しそうに……楽しそうに語る。
「勿論、皆と一緒がいいよ?でも、それとは別に……二人っきりの幸せがほしいの。」
「二人っきりの……。」
さっきの感触が……頬に触れた柔らかな感触が蘇ってくる。
何だか顔が熱くなった気がした。
「でも、返事はまだいいよ。全部片付いたら……聞かせてね?」
そう言うとアベリアはまたベッドに寝転んだ。
「……はぁスッキリした。少し休むから、もう大丈夫よ?」
「──うん。分かった。」
頭の中がグルグルしている。
僕も一人になって、色々考えよう。
何しろ初めての経験に初めての気持ちだ。
じっくりと心と向き合おう。
「……ありゃー。」
フィカスが部屋を出ていくのを見届けて、窓の外にいたエレジーナは頭を掻いた。
屋根からロープで覗きにきたけど、まさかこんなことになるとは……。
いいタイミングでサプライズって感じで突入しようと思っていたけど、こりゃ入らない方がいいねー。
まぁでも、めでたいことだし、これぞ青春って感じだよねー。
うんうん。
両手で顔を覆ってベッドの上を左右に転がるアベリアを見ていると、こっちも照れもあってニヤけてきちゃうよ。
「……さてと。」
サプライズは出来なかったけど、良いもの見れたから大満足。
ロープをクイクイと軽く引っ張って、引き上げてもらうよう伝える。
屋根の上で待機していた六号ちゃんが顔を見せ、ロープを引っ張り始めた。
皆にもすぐに伝わっちゃうかなー?でも私としては、秘密にしておきたいなー。一号ちゃんとか、すぐに広めちゃいそうだし、ナイショがいいよねー。
「………やっぱ無理。」
えっ?今、六号ちゃんが喋っ……。
顔を上げた瞬間、夜空が急速に遠ざかっていき、エレジーナは落下した。