191:奥の手
負けたら、勝ちを取り返す。
シンプルにして、勝負の根幹と言える。
だからこそ場面が大きく動いた時には、それに対応出来る存在が求められる。
「こうして貴方と対面する日が来ようとは……可能性があるとはいえ、あまり想定していなかった。」
「あら?私はこうなるかもって思ってたわ~。」
アベリアと試合をする人物──。
”聖人”アギオスだ。
アベリアの協力者であり、特訓の相手もしてくれた……師匠とも言える人であり、格上とも言える相手だ。
でも……。
それを言い訳にしても何も変わらない。
この人を相手にして、勝たないといけないんだ。
客席から見守る彼を──フィーくんを見る。
私の初めての友達であり、心惹かれた人。
「む?どこを見ている?」
「……なんでもない。いくわよ……。」
全身に肉体強化魔法を発動させる。
アギオスの能力は、肌に触れた魔法・魔力を無効化するというもの。また、跳ね返すことも可能だ。
本来ならば、魔法を使わずに戦うのが正しい。けれど、それで勝てる相手であるとは思っていない。魔法を使わなければ、きっと負ける。
「それでは試合……始め!」
合図とともに、私は地面を蹴って肉迫する。
魔法に触れると無力化する?
だったら、直に触れないところから殴るまで!
アギオスの服装は露出の多い、水着に近い恰好だ。それでも布に覆われている部分はある。
そこを叩く──!
「思い切りのよさは身に付いたようだな。」
アギオスはアベリアの手首を掴み、叩くように外へと流した。そして相手の顔を掴む。
「ふぐッ……!」
アベリアは反射的に顔から手をはがそうとし、その隙に腹部に拳を叩き込まれた。
半歩下がったが、アベリアはすぐに前に出る。そして力のこもった拳を突き出す。
「ふむ……。」
アギオスの指がピクリと動いた。
直後、身体を右へと半回転させ、左手をアベリアの拳に沿わせて動かす。
手の甲に付けられた籠手でパンチを流し、アベリアの真横に立つ。
「うくっ……!」
そして肩で体当たりして、バランスを崩したところで腕を掴む。
だったら……!
無理やり前へと移動させられ、アベリアは両脚に肉体強化を発動する。
ここで踏み止まって……ッ!?
足に何かが当たり、足が浮いて上半身が倒れ込む。
足払いだ。
「ふっ……!」
聖人は一呼吸して、左足を外へと振り上げる。
机を思いっ切り叩いたような音がした。
回し蹴りを背中に叩き込まれ、アベリアはうつ伏せで地面に激突する。
「いっ……!」
った……!
強化されている肉体とはいえ、ブーツで蹴られては流石に痛みが響く。
「ふむ……これでは、慎重な以前の方が良かったのではないか?」
稽古した時に比べ、積極的になったと思える。しかし、それが良い方向へと転じたとは言えない。
これまでは恐らく、パーティでの行動を前提とした動きだった。
周囲の邪魔にならないように、ここぞという場面で動く。そういうのを意識した立ち回りだったのだろう。それを克服……個人戦向けに変えようとした結果、このようになっている。
「直情的……うむ。そんな印象を受ける。一体どうしたという?」
「これが……私……なんだから……!」
よろめきながらアベリアは立ち上がる。
アギオスの戦闘スタイルは、相手をいなして崩す……分かっていたけれど、やっぱり相性が悪い。
多分、フィーくんとかジギくんの方が良い勝負を出来る。でも今戦っているのは私。だから私が何とかしないといけない。
「ふむ……そうか……まぁそれも構わん。私としても、その方が幾分かやりやすい。」
一撃……一発でも叩き込められれば私の勝ちだ。
その為には……。
両脚に力を込める。
そして跳躍!
「……!」
アギオスがやっていることは柔術。つまり、人を主な対象とした動きだ。
「つまり、人にはない動き……宙からの攻撃、というわけか。しかし……。」
ある程度引き付けて、聖人は移動する。
翼のない者は、風を操れない者は空中で身体を満足に動かせない。だからこそ、奇策であってもいとも簡単に躱されてしまう。
──だから!
今!ここで!
アベリアは利き腕に魔法を集約させる。
これが聖人から教わった奥儀──!
地面が揺れた。
アベリアの右手が地面を砕き、破片と土煙がフィールドを包み込んだ。
「ぐ……そういうことか。」
アギオスは両腕で顔を覆う。
防げるのは魔法に関連したもののみ。自然に対しては効果がない。
「ッ……!!」
歯を食いしばり、アベリアは絶叫しそうになるのを堪える。
目くらましは成功した。ここで声を上げて位置を教えてしまっては意味がない。
「……。」
聖人は冷静に下がる。
背後を壁にしておけば、前からしか攻撃はこない。
ここで迎え撃つ。
「……。」
土煙の中に人影が映った。
そこだ──!
煙の中からアベリアは飛び出し、右腕を振るう。
アギオスは冷静に手を動かし、それを対処……。
空振った……っ!?
アベリアの拳は聖人の手に触れることなく、ただ空を切った。
次の瞬間、もう片方の拳が聖人の胸へ叩き込まれた。
「があァッ!!!」
聖人ならば初撃を読んでくる。だからこそ、わざと外れる攻撃をし不意を突いた左の一撃を放った。
彼女の身体はすぐ後ろの壁に叩きつけられ、両手足をだらしなく伸ばし、地面に座る体勢となる。
「がっ……あっ……!」
骨にヒビが入ったか。
アギオスは立ち上がろうとするが、上手くいかず前のめりに倒れる。
「……流石……だな…………。」
膝を震わせ、何とか立ち上がる。
限界がきているのは、誰の目にも明らかだ。
「これが……実戦…………ならば……君……の…………勝ちだ…………。」
そして──。
銀の刃がアベリアの身体を深く斬った。