190:結果
戦いを見る者たちは呼吸を忘れ舞台に見入り、舞台に立つ二人の荒い吐息だけが静かに響く。
先に呼吸を乱したのはアズフだった。
口から血を吐き出し、背中に刺さったナイフを抜こうと、ぎこちなく腕を動かす。
「ぎッ……!!」
エレジーナは彼女の腕を捻り、抵抗出来ないようにする。
「ハァ……。」
安堵したように息を吐き、自然と忘我状態が解除される。
もう限界だ。体力はもうないし、頭も働かない。
「がっ……あ……君……。」
「なに?」
アズフが口から血を垂らしながら何か話しかけてくる。
「…………いいね。」
「えっ?」
次の瞬間──。
真っ黒な手がエレジーナの首をしめていた。
「がぁっ!!」
何が起きたのか理解出来なかった。
どうして……?
「ケホッ……気に入ったよ。負けたかと思ったよ。」
異様に長い腕がアズフの背中へと回り込み、ナイフを乱雑に引き抜いた。
そしてエレジーナの身体を自分の正面に移動させる。
「凄いでしょ?これ?」
自慢するように真っ黒な腕を見せつけてくる。
それは触手のようにしなり蠢いていた。時折泡が浮かぶように表面に膨らみが出来る。
「……思いついたのがコレだったんだぁ。考えてみれば当然だよね?記憶している人物になる……それってつまり、イメージした姿になるってことなんだから。」
フィカスに変化し、武器を生成した時に着想を得た。あの時に失敗したからこそだ。
「つまり、こういう風に、身体の一部だけを変えることも出来るってことだったんだよねぇ。生きてきて気付かなかったよぉ。」
「……ぅ…………。」
本当に魔人だ。人と魔物の境目にいるような存在だ。
不味い……意識が……。
エレジーナは抵抗しようと腕を動かすが、その動きは弱々しい。
「じゃあ……もう終わりにしようかぁ?」
黒い手が刃のように鋭くなった。
それが喉元にピタリと当てられる。
「やめろッ!!」
その時、客席から怒鳴り声がした。
サンナだ。
立ち上がり、アズフに怒声を浴びせる。
「もう勝負はついただろう!?その手を放せ!!」
「……それもそうだね。」
アズフは興味なさげにサンナの方をチラリと見た後、エレジーナを掴む手を放した。
自分の手を元に戻し、エレジーナを見つめる。
「……。」
こんなに強いのに、惜しいなぁ。
まぁいいや。強いのはこの人だからであって、それ以外には何もない。
「エレジーナっ!!」
サンナは観客席から飛び降り、真っ先に駆け寄った。
「あー………サンナ……ちゃん…………?」
視界がぼやけるなー……せっかく……心配してくれて……。
エレジーナはそこで意識をなくした。
「──次の試合、誰が出る?」
宿舎に戻り、フィカスにセプテム、アベリア、ジギタリスは会議を始めた。
サンナとエヌマエル、マカナ、ウルミはエレジーナの看病にあたっている。
「私が出るわ。」
「アベリア?」
アベリアはフィカスの方を見て頷く。
「大丈夫。だからフィーくん、応援してね?」
「……うん。」
──本当に正しい選択……なのかな?
互いに戦力はまだまだ残っている。まだ一度も出ていない戦士もいる。
他にも選択肢はあるんじゃないかな……?
「大丈夫よ、アベリアなら。信じてあげなさい?」
セプテムがフィカスの肩を叩き、アベリアと頷き合う。
「勝ちなさいよ?」
「ええ。任せて。」
それから数時間──。
どうにも落ち着かなくて、フィカスは独り夜風に当たっていた。
玄関に座り、ぼんやりと月を見上げる。
半月が少しへこんでいる形だ。あと二、三日でしっかりとした半月になることだろう。
「おうフィカス!どうしたんだ?」
「ん……ちょっとね。」
ジギタリスだ。
歯を見せて笑い、フィカスの隣に腰を下ろした。
「何か悩みか?」
「そういうわけじゃないんだ。」
別に何か考えていたわけじゃない。
ボーっとしていただけだ。
「……ねぇ、今の僕って、皆に何かしてあげられてるのかな?」
ふと気になってしまった。
セプテムには気にするなと言われたけど、そこのところもやっぱり落ち着かない。
ずっと誰かのために、誰かの役に立つためにって生きてきたから。今、何かをしていないと自分が自分でなくなってしまう気がした。
「……役には立ってねぇかもなぁ。」
少しばかり悩む素振りを見せた後、ジギタリスはそう言った。
そしてこう続ける。
「でも別にいいんじゃねぇか?友達ってのは、仲間ってのは、損得勘定だけでやってくもんじゃねぇだろ?頼ったり甘えたりすることも大切だと思うぜ?」
「そう……なの?」
「そういうもんだ。仲間っていうのは。」
後ろから声がした。
「おうマカナ!エレジーナは?」
「落ち着いてきた。だからこっちに来させてもらった。……流石に女性四人の中に一人ってのは気まずい。」
そう言ってマカナは笑ってみせた。
「一緒にいる理由なんて、最初だけあればいいんじゃないか?俺も今では、エレジーナたちと一緒にいることが、結構良いと思っている。」
何となく雇われて加入したパーティだった。でもエレジーナとウルミと基本三人でいることで、いつしかそれが当たり前のようになっていった。
「だからフィカスも、深く考えなくていい。悩むなら、今回の件が片付いた後、考えればいい。」
「──うん。」
マカナはフィカスの瞳を見つめる。
やはりまだ……人らしさがないな。
サンナから軽く聞いたが、この間まで異常な環境にいたらしい。それならば仕方ない。だからこれからを、未来をしっかりと正常に、明るいものにしてやらないといけない。
「……ルール上、俺はもう出られない。でも冒険者同盟の一員だ。出来る限りサポートしていく。だから明日から……勝つぞ。」
拳を前に出す。
そして三人は拳を合した。