188:駆け引き
「……ようやく、本気を出したってことかなー……?」
エレジーナはよろめきながら立ち上がり、アベリアの見た目をした魔人に問いかけた。
「手を抜いてたってわけでもないんだけどね。」
そう言いながらアベリアの身体が砂のように崩れていき、ジギタリスの姿となった。
そして大怪我をしている左腕に右手を当てる。
「──俺の魔法は、回復なんだろ?魔人の魔法の面白いところはな、実際に見たことがなくとも、知識と事実が合っていれば再現可能ってことだ。」
「……。」
左腕の怪我が回復していく。
記憶している姿になり同じことが再現可能となる魔法で、何故見たことがなくとも能力を再現出来るかは分からない。
「もしかしたら、神様みたいのがいて、見ているのかもしれねぇな。」
完治した左腕をぶんぶんと振る。
「よし……もうこの姿に用はない。」
また身体が砂のように零れ始めた。
次は──。
「──これでいこうかな。」
サラサラした金髪の少年の姿。
フィカスの姿だ。
「やってみたかったんだ。創造ってやつをさ。」
「やってみなよ。」
エレジーナは駆け出し、ナイフを投げつけた。
そして己の身を包む布──マントの中からナイフを取り出す。
「何個持ってるの?というか……同じ手は食わないよ?」
「そうかなー?」
エレジーナは左腕を引いた。糸を引っ張る動きだ。
それを見て魔人は横に移動する。
……が、ナイフは飛んでこなかった。
「……あれ?」
魔人がチラリと後ろを確認すると、先ほど自分で捨てた刀と短剣、そしてエレジーナのナイフが地面に落ちていた。
「それッ!」
その僅かな動揺を見逃さず、エレジーナは斬りつけた。
「……やるね。」
本当にただ、ナイフを投げただけだったか。糸を引っ張る動きはフェイク、後ろからの刃を警戒させるためのものか。
……というか、武器を持つのを忘れてたな。
魔人はエレジーナの攻撃を紙一重で躱しながら創造魔法を発動する──。
──うーん。
思ったよりも難しい。
剣を創造してみたが、歪んだ小さなものになってしまった。おまけに脆く一瞬で壊れてしまった。
「……当たり前だよ。」
エレジーナは小さくそう呟いた。
何かを正確にイメージすることは容易ではない。それを当然として生きてきたフィーくん本人ならともかく、真似でそれをどうこう出来るわけがない。
「じゃあ、次だ。」
フィカスの身体が崩れ始めた。
今度は巨大な体躯を持った半獣人──ワーウルフだ。
エレジーナの攻撃を躱し、素早く背後へと回る。そして重い一撃を背中へと叩き込んだ。
「ぐがぁっ!!」
痛みからの悲鳴を上げ、エレジーナはうつ伏せ吹っ飛んだ。
すぐさま立ち上がろうと手足を動かすが、衝撃が響いているのかまともに動けないでいる。
「エレジーナッ!!」
思わずサンナは叫んだ。
尊敬する人が負けそうになっている。その心配が出てしまっても仕方ない。
「けど、仕方ないってことでこのまま負けて……。」
ワーウルフの跳躍力で一瞬で距離を詰め、とどめを刺そうとした瞬間、その顔に小瓶がぶつけられ何かの液体が顔にかかった。
「ぐっ……うあああっ!!!」
魔人は顔を押さえ、苦しそうにもがき出した。
「思ったよりも、簡単に引っかかったねー。」
そう言ってエレジーナはあっさりと立ち上がった。
立ち上がれないフリをし、近寄ってきたところに毒薬を当てる。
マントに隠せるサイズのものだから、あまり強い効果はないけれど、行動をある程度封じられればそれで充分だ。
「やって……くれるなぁ!」
そう叫びながら変化し、途中から若い男の声になった。
その男は赤い髪をした、つい最近知った男だ。
「ぐぅ……!」
エレジーナは突如として頭痛と吐き気に襲われ、頭と胸元を押さえてしゃがみ込んだ。
「……意外と役に立つものだな……病魔というのも……。」
毒に苦しみながらその男は……。
ノソスの姿をした魔人はそう言った。
「魔法を解いた瞬間、その症状もなくなるんだったな……なら、この毒がなくなるまで待たせてもらおうか……!」
……毒の効力が短いと、気付いていたか……!
苦しみの最中、エレジーナは必死に頭を働かせる。
毒は持って数分。それがなくなったら武器を拾いに行くはず。その隙にこちらも行動出来る。奴はその時、どのように動く?本来の姿か?それともまた別人になるのか?
……駄目だ。
まともに思考出来ない。痛みと苦しさでそれどころではない。
「ふ……ふふふ……楽になってきたぞ……。」
なら……ここが勝負どころだ……!
「……と思ったか?」
ノソスの声ではない。
別の男性の声がした。
次の瞬間、病魔がなくなりエレジーナの身体は楽になる。
そして劫火が瞬く間にその場を包み込んだ。