187:本領
アズフが大きく踏み出し、刀を突き出すように振り下ろした。
エレジーナはそれを躱そうかと一瞬悩んだが、すぐにその考えを捨てる。
……逸らして接近する。
アズフの持つ刀はリーチがある。それ故にエレジーナの持つナイフで斬りあうのは不利だ。しかし懐に入り込むことが出来たなら、ナイフが有利になる。近接戦で長い得物を扱うことは難しいためだ。
そのためにも、腕を伸ばさせて刀を外へと逸らす……。
「ッ……。」
けれどナイフと刀がぶつかることはなかった。刀の刃はナイフの横をすり抜けていき、エレジーナの手の甲を浅く切った。
微かに顔を歪ませ、距離を取る。
……わざと雑な剣筋にしたか…………。
相手が英雄の一人──”魔人”であるという前提が招いた失態だ。常に最善手──完璧な攻撃を仕掛けてくると無意識的に考えてしまったために負った傷だ。
「ほらほら、集中しないと?」
アズフはそのまま前進し、斬りかかっていく。
対しエレジーナは、ナイフをしまい短剣を取り出す。そしてそれで応戦する。
身体の正面で刀を受け止め、短剣の柄を利用して上に弾く。それと同時に腰を落とし、アズフの腕の下へ、懐へと入り込む。
「ありゃ?」
アズフが驚いた声を発すると同時に、短剣が突き出された。
「……ッ!」
手ごたえはあった。
しかし短剣は腹部に刺さってはいない。かばうように割り込んできた左腕に突き刺さっていた。
「……ホント、魔人って呼び方、ピッタリね……。」
客席でセプテムがそう呟いた。
いくら致命傷をもらいそうな場面だからって普通、何の躊躇いもなく腕を差し出せる?
アズフはそのまま左腕をひねり、刃を食い込ませる。
「う……。」
短剣は肉と骨に食い込み、深く突き刺さるとともにエレジーナの身体を引き寄せる。
重心が前に移動し始め、エレジーナは短剣を手放した。このままだとバランスを崩す。
さて……前に出るか、下がるか……。
一瞬のうちに思考し判断する。
ここは退くべき。
ここで無理に攻めにいっては危険だ。そう判断し後退したわけだが、意外にもアズフは何もしなかった。
「おぉ、結構堅実なんだね。前に戦った時はもっと大胆な印象を受けたけど……緊張してる?」
喋りながら刺さった短剣を引き抜き、地面に投げ捨てた。腕から大量の血が流れているが、気にする様子はない。
「緊張しなくていいよ?むしろ緊張しないでくれた方がありがたいからねぇ。」
エレジーナは再びナイフを鞘から引き抜く。
「じゃあー……そうさせてもらおうかなー?」
正直なところ、軽口をたたく余裕はない。
動きも思考も読めず、非常にやり辛い。想像していたよりもだ。
変化を警戒すると、どうしても慎重な行動を採ってしまう。
けど……もうそれは止めよう。思考を巡らせながら戦って勝てる相手ではない。フィーくんぐらい頭を働かせることが出来るなら別だが。
「ここからは……暗殺者の技を見せてあげるよー……!」
地面を強く蹴って、エレジーナは一気に距離を詰める。
腰の鞘からもう一本ナイフを引き抜き、左手でそれを投げつける。
「……?」
アズフは不思議そうな顔をしてそれを躱した。
これは避けられて当然。仕掛けはここからだ。
右手に持つナイフを突き出す……フリをして、上へと投げる。同時に視線を右方向へと逸らす。
一瞬だ。一瞬でもアズフの意識が視線に釣られればいい。その隙に……。
私は左腕を勢いよく引いた。
「何を……ッと!」
ナイフがアズフの背中を斬った。
先ほど投げたナイフには見えづらい長い糸を付けておいた。それを勢いよく引っ張ることでナイフは手元へと手繰り寄せられる。
物はやがて落下する。そういう常識を突いた技だ。
「ほいっ!」
手繰り寄せたナイフを掴み、右足を振り上げ上へ投げたナイフを蹴飛ばす。
アズフはそれを傷ついた左腕で受けた。
それを見て右側──相手の左側へと移動する。
これで刀は反対側。左腕はボロボロで使い物にならない。
ここ──!
殺気を込めナイフを突き出す。脇腹を刺し動きを制限する──!
「うぅん……。」
アズフは困ったように唸った。
そして重心を身体の左側へと傾けた。
身体は倒れるように左下へと動いていき、左肩にエレジーナのナイフが刺さった。
「それっ。」
軽い掛け声とともにアズフはエレジーナにタックルした。
ナイフが肩に深く刺さるが、そのまま両者はぶつかり倒れ込む。
「ぐぅっ……!」
エレジーナは下敷きになり、身体を横に動かそうとする。
──が、アズフの右腕が回り込み、逃がさないよう抱え込む。
さってと、どうしよっかなぁ?
エレジーナに覆い被さる体勢となり、アズフは悩む。
頭突きするか、キスするか、噛みつくか……。
「ぶぼっ!」
その隙にエレジーナの方から頭突きを仕掛けた。
衝撃に怯んだ隙に拘束から脱出し、エレジーナはナイフを握り直す。
──口にも何か仕込んどけばよかった。
毒針でも口に入れておけば、今みたいな状況の時にもっと楽に動けた。でも戦闘スタイルが喋りで混乱させながら、っていうものだから仕方ないと言えば仕方ない。
……で、好機だ。
”魔人”は痛みを感じないわけではない。あくまで、そういう素振りを見せないだけだ。
つまり今の怯みも痛みによるものから。その隙を突いて、回復される前に……。
「……ッ……!!」
接近した瞬間、エレジーナの脇腹に拳が入り、その身体が後方へと大きく吹っ飛んだ。
「ぐっ……ぅ……!」
油断があった。攻撃への欲を出したばかりに、頭から抜け落ちていた。
「ふぅ……ここからは、私の実力を見せてあげるわ。」
アベリアの姿をした魔人がそう言った。