18:シャドウ・1
黒い何かが傍を通った。
それを人だと認識したのは、それがガラスケースへと近づき、天窓から差す月明かりによって照らされたからだ。
月明かりがあるとはいえ、はっきりとは判別できない暗さ。
烏の濡れ羽色に見える髪。顎のラインまで伸びた髪だ。小さな身体を包む黒い燕尾服。はっきりと視認できないが、浅黒い肌に見える。両手には白い手袋をはめ、アイマスクによって顔はよく分からない。
子供だ……。
第一印象にそう思い、それから、その人物が怪盗シャドウであることが理解できた。
「えっ?何で、どうやって……?」
考え事で集中が濁っていたとはいえ、全く物音を立てず、フィカスに気付かれずに歩いてきたというのか。
「たった四人かい?最終ラインにしてはお粗末だな。」
その人物は高い声音――声変わりしていない少年のような声で、そう言った。
「――お前がシャドウか?」
サンナが振り向き、ナイフを突きつけてそう言った。
「ああ。いかにも。僕が怪盗シャドウだ。もっとも、この名前は勝手に周りが付けただけで、僕自身が名乗ったわけではないが。けど、中々気に入ってはいるよ。」
「他の冒険者たちは?」
質問してきたフィカスには見向きもせず、シャドウは口だけを動かす。
「もちろん、全員倒したよ。」
それなら、戦う音が聞こえてくるはずだ。
そう思ったフィカスの心境を読み取ったかのように、シャドウは笑った。
「ふふっ。普通だったら、音がするだろうね。けど、僕に普通を当てはめないでほしいなぁ。僕の手にかかれば、風魔法で音を拾って外へ流すなんて芸当が可能というわけさ。」
「風魔法の使い手ということか。敵を前にして、随分と余裕だな。」
サンナの迫力に全く動じず、シャドウは肩をすくめた。
「余裕……というよりは、自信、かな?だってそうだろう?僕より強い存在はいないのだから。」
「ならば……ここで、その認識を改めろ!」
喋り終わると同時にサンナは斬りかかった。
「野蛮なレディだな……。」
シャドウの身体が宙に浮いた。サンナの頭上を飛び越え、アベリアの近くに降り立つ。
「あら?」
シャドウは腰に素早く手を伸ばすと、短刀を引き抜きアベリアの顔を斬りつけた。アベリアはそれを左の手の甲で受け止める。
防刃素材か……。
攻撃をとり止め、シャドウはフィカスの方へと駆けだした。
フィカスは小剣を斜に構え、シャドウを待ち構える。
「素人が……。」
銀の輝きが揺れて見える。
金属がぶつかり合う音とともにフィカスの手に衝撃が走り、小剣が宙へと弾かれた。
「え……?」
自分の武器が弾き飛ばされたことに気が付いた時には、既にシャドウの刃が眼前に迫ってきていた。
死ぬ……?
躱せない。そう思ったその時、シャドウの身体が右へと流れた。次いで、黒とピンクの影が銀の光を振り下ろし、フィカスの前に現れる。
「ちっ……!」
サンナだ。死角から攻撃を仕掛けたが、いともたやすく避けられ舌打ちする。
サンナの攻撃を避けるために動いた先にはジギタリスがおり、その大剣を振り上げ勢いよく叩きつけた。
「……っと。」
シャドウは左手をジギタリスに向けた。
突如として氷の障壁が二人の間に出現し、ジギタリスの大剣は障壁に叩きつけられた。
「んなっ!?」
シャドウはその場から離れると、左手から炎の球をアベリアに向けて撃ちだし、追撃を防いだ。
「……どういうことだ!?」
魔法の才能は、持てたとしても一人に一つ。
そのはずだ。
けれどシャドウは、この場で複数の魔法を使ってみせた。