185:深夜に
「──さて、これで私たちは三連勝したわけですが……。」
紙に書かれた名前──アモローザ、ノソス、ネモフィラの名前にバツ印を付ける。
「国際連合はこれ以上、連敗することを避けたいはず。」
サンナは英雄たちの名前を人差し指で叩く。
「次……どうしますか?」
次の試合がこれまで以上に厳しい内容になることは間違いない。
慎重にならざるをえない……というより、出来れば避けたいという思いがこの場にあった。
「……。」
──逆にここで更に勝てれば、相手を崩すことが出来るはず。
この勢いを維持出来れば、そのまま勝ち続けることも可能だろう。
フィカスは深呼吸する。
大丈夫。初めて出会った時だって、ドゥーフに勝つことが出来たんだ。たとえ誰が相手になろうとも、勝つ見込みは充分にある。
「……。じゃあ、私が出るよー?」
「エレジーナが?」
フィカスよりも先に沈黙を破ったのはエレジーナだった。
「うん。このまま勝ちたいところだし、別にいいでしょー?」
「……分かりました。では、エレジーナに任せます。」
特に周囲に意見を仰ぐこともなく、サンナは頷いた。
今のフィカスは皆の精神的支柱。彼の存在が戦う理由にもなっている。英雄の一人が出てくることが予想出来る状態で、わざわざ出すことはリスクが大きい。
ならば、ここは他の誰かに任せた方が良い。
「で、どういうつもりなんですか?」
深夜──。
サンナはエレジーナの部屋を訪れ、寝ていた彼女を叩き起こした。
「何が……?ああ……試合の話かー。」
だらしなくはだけていたパジャマの裾を引っ張り、エレジーナは頬を掻いた。
「確実にいくなら、六号とかに任せるべき……ですよね?」
「サンナちゃんも言うようになったねー。」
窓の外の月を見上げる。
「たしかに、戦略的にはその方が正しいと思うよー?戦力と実力を見極めることは大切だよ。でもねー……何て言ったらいいか分かんないけど、戦ってみたいって思ったんだー。」
「……英雄と、ということですか?」
月明りに照らされた横顔を見て、サンナは困惑する。
いつもと何か……少し違う……?
「うん。一号ちゃんと再会して、昔のことを思い出しちゃったんだよねー。」
「……はい?」
急に何の話だ?
「見つけてみたくなったんだー。セプテムちゃんみたいに、私って一体なんなのかーってね。ほら、もう寝るよー?それとも、一緒に寝る?昔みたいに?」
「そんな思い出はありません!」
ぴしゃりとはねつけ、サンナはエレジーナの部屋を後にした。
「……う~ん……眠い……。」
変な時間に起きちゃったなぁ……。
寝ぼけ眼をこすり、エヌマエルは用足しから自分の部屋に戻ろうとしていたその時──。
「……セプテムさん……?」
セプテムが部屋に入るのが見えた。
そっかー……セプテムさんも起きちゃったんですね……あれ?
その部屋、セプテムさんの部屋じゃない気が……。
自分の記憶が正しければ、そこはフィカスさんの部屋。
つまり……。
「ま、ま、まさか……!?」
セプテムさんに限って……!?
「……。」
別にあり得るか。
エヌマエルは妙に冷静になる。
二人きりで旅していたわけだし、私が入ったから距離が少し離れただけかもしれないし……でも私はアベリアさんを応援するって決めたわけで……。
……とりあえず、覗き見してみましょう!
「……フィカス、焦ったりしてないでしょうね?」
二人はベッドに腰を下ろしており、セプテムがフィカスに詰め寄っていた。
「焦りはしてない……けど……。」
「けど?」
更にセプテムは詰め寄る。
「不安にはなる……よ。僕だけ蚊帳の外って言うか、扱いがいつもと違うから……。」
状態を斜めにして距離を作り、フィカスはそう答えた。
「……。」
セプテムはそんな彼の顔を眺めて、ベッドに座り直した。
「……しばらく出番はないわよ。いざって時に出てもらうから、その時まで英気を養っておきなさい。」
「……言いたいことは何となく分かるけど、落ち着かないよ。やっぱり。」
一方的に守られているみたいで、どうにも心がざわつく。
今の状態は何だか冒険者になる前の状態みたいで、息苦しいのようなものを感じる。
何か言われたわけじゃないけど、皆の様子を見ていたら伝わってくる。
「なに?疎外感でもあるの?」
「まぁ……そう……だね。」
セプテムはため息を吐く。
「はぁ……あんたは本当に何というか……いい?冒険者同盟は、皆はあんたに惹かれて集まっているのよ。何かしら感謝したりしてね。」
喋りながらセプテムは頬が熱くなるのを感じた。
自分でいってなんだけど、恥ずかしいわね……。
「えっと、つまり!今は恩返しをしている状態なの!もうしばらくそうだから、その後はまた頼むわよ!それじゃ!」
「──うん。」
恩返し……か。
フィカスは自分の掌を見た。
そっか……僕は誰かの役に立てて……それで皆もまた、それを返そうとしていて……。
「……で、あんたはここで何をしているの?」
「あ、はは……。」
フィカスの部屋を出たセプテムは、ドアの前にいたエヌマエルをジト目で睨んだ。
「……ね、寝ぼけて……まして……。」
覗くのに夢中になって、逃げるのを忘れてましたー!
何て絶対に言えないエヌマエルであった。