182:ノソス
「おう!誰だお前は?」
「それはこちらの台詞ですよ。」
翌日──。
闘技場でジギタリスとノソスは向かい合い、率直な感想を述べ合う。
「英雄の誰かがくると思ってたけどよ……この俺様にビビっちまったのか?」
「誰も君のような小物を警戒などしていません。敢えて言うなら、君ほどの弱者が出場していることにビビってしまいましたかね。」
「おう!言ってくれんじゃねぇか。このガリガリ野郎!」
「筋肉しか取り柄のない輩に言われたくありませんね。」
落ち着いたようだが、両者ともに血管が浮かび上がっている。
煽り耐性ないのなら、煽るの止めなさいよ……。
司会のノウェムは溜め息を吐いた。
──これまでで一番、荒っぽい勝負になりそう……。
「……それでは、試合──始め!」
「おらあああああぁぁぁっっ!」
予想通りというか、案の定というか、ジギタリスが開幕で大剣を振り上げ、ノソスに向かって突進を開始した。
──先手必勝!
ノソスがどんな能力を持っているか分からない。
なら!それを満足に使わせない!その前に倒す!
「やれやれ……これだから品のない者は……。」
ノソスは鞘から剣を引き抜いた。何の特徴もない、オーソドックスな剣だ。
そしてそのまま大剣へと剣を向かわせる。
あぁ……?どういうつもりだ……?
真っ向勝負では、大剣には勝てない。折られるのは明白だ。となると、そういう魔法を持っているってことか?
「まぁ関係ねぇけどな……ん?」
互いの剣がぶつかり合う手前、ジギタリスは身体に違和感を覚えた。視界が一瞬ぼやけ、力が少し抜けた。
「ふっ……。」
ノソスは不敵に笑い、大剣を外へと弾きジギタリスの身体に刃を近づける。
「ぐぅっ……このやろ!」
だがジギタリスは無理やり大剣を自分の身体へと引き寄せ、ノソスの剣を防いだ。
なんだ……何があったんだ……?
嫌な感覚が身体に起きたが、今は何もない。寝不足だったか?
「よく分かんねぇけど……!」
もう平気だ。なら今のうちに……?
「ぐぅ……。」
攻撃に出ようと腕を動かした瞬間、身体が重くなった。思うように力が入らず、足元が安定しない。先ほどよりも酷い、辛い。
「ふっ……無駄ですよ?」
守りを簡単に崩し、ノソスの剣がジギタリスの身体に一太刀入れた。
「くそ……どうなって……。」
どうにも身体が思うように動かない。
このままでは不味い。
そう判断しジギタリスは退こうとするが──。
「逃がしませんよ?」
ノソスは距離を空けず、そのまま付きまとう。
それでいて己の武器は振らない。
「このっ……!」
バカにしてやがる……!
ジギタリスはありったけの力を込め全力で大剣を振るったが、いとも簡単に躱された。
「おやおや?もしかして、それで全力ですか?遅すぎて躱すことを躊躇ってしまいましたよ?」
「この野郎……!」
ノソスは髪をかきあげ、見下した視線を送る。
「聞けば君は、回復魔法が使えるそうですね?実に強い。相手によっては無敵とも言える魔法だ。しかし私には無意味な魔法だ。」
「……何が言いてぇ……?」
ジギタリスの呼吸が荒くなってきた。
「そろそろ……立っているのも辛くなってきたのでは?」
ノソスの言葉通り、ジギタリスの身体はふらついていた。
身体は怠く、力が入らない。視界はぼやけている。
「しかし、君の回復魔法では解決しません。話によると、傷を癒すだけだそうじゃないですか。不便なものですねぇ。」
こいつ……。
「まったく……何が悲しいって、こんなむさ苦しい男が苦しむ様を見なければならない、ということですよ。美女が相手なら大歓迎ですが……。」
やっぱり……。
「そろそろ私の魔法を教えてあげましょう。私の魔法は病魔。発動することで、近くにいる者の体調を崩します。困ったものですねぇ?」
人である以上、病気に対する完璧な対抗策はない。どれだけ対策していようと、病気にかかる時はかかる。たとえ頑丈な悪魔と言えど、それは同じだ。
ノソスの魔法は、人によって症状が違う。誰がどんな病気状態になるかは分からない。離れたりノソスが病魔を停止させない限り、その症状は収まらない。
「さて……降参してくれると楽なのですが……まぁとどめを刺してあげるので、その必要もありません。すぐに楽にしてあげましょう。」
そう言って剣を振りかぶった。
「消えなさい。弱者よ……。」
「ムカつくぜぇぇぇっっ!!!」
「は?んぼッ!?」
ジギタリスのパンチがもろに入り、ノソスの身体が吹っ飛んだ。
ノソスの身体はゴロゴロと地面を転がり、壁に激突しようやく止まった。
「がっ……あああああああぁぁぁぁっっ!!!!」
何故だっ!?
何故奴は動けたっ!?
病魔は充分に発動していた。その状態でまともに動ける生物がいるはずがないッ!!
「……どういうイカサマをしたァ!?」
「イカサマだと?……いいぜ、教えてやる。」
ジギタリスはノソスの胸ぐらを掴み、無理やり立ち上がらせる。
そして腕を振りかぶった。
「それはな……根性だァッ!!!」
ボカッ!
と音が聞こえそうなパンチがノソスの顔面に入った。