178:対・水
出場しなければ、フロス庭園に対し国から圧力を掛ける。
国王からのメッセージは実にシンプルであった。
自分の庭園を守りたいという気持ちは当然ながらある。フィカスという少年は妹を変えた存在であり、将来性にも期待が出来る。
二律背反に私は悩まされた。悩んだ末、敵対することを決めた。
国に逆らえるだけの度胸と力を私は持ち合わせていない。それでも、何とか穏便に済ませられる方法を模索した。
「さぁ……リア。本気でかかってきなさい?」
その結論がこれだ。
国に協力する立場となり、全力で戦い、そして敗れる。
演技では駄目だ。本気で戦う必要がある。その上で負ける。それなら誰も文句は言えないことだろう。
更に運の良いことに相手は妹のアベリア。
これなら妹がどこまで本気なのか、彼に対しどのように思っているのか、己の目的を果たしつつ調べることが可能だ。
「姉さん……分かった。」
挑発してくる姉を前にして、私は構える。
両足を広げ、拳を握り胸の辺りまで挙げる。
「私はもう……姉さんの言いなりになるだけじゃない!それをここで……証明するわ!」
生まれて初めて……実姉に啖呵を切った。
肉体強化魔法を全身にかけ、両足に力を込める。
「……!」
地面を勢いよく蹴り、一気に間合いを詰める。
常人には目で追えないほどのスピード。戦い慣れている冒険者ならまだしも、庭園で働くだけの姉に対応出来る速さではない。
……はずだ。
「きゃあっ!?」
下から突き上げられる水流に身体を打たれ、アベリアは悲鳴とともに地面を転がった。
受け身を取ったことでダメージは抑えられた。
でもどうして……?
「そんなに不思議なことでもないでしょう?」
アモローザの周囲を水で作られた竜巻が幾つも蠢く。
「何年貴方も姉をしていると思っているの?貴方がどう考えてどう動くか、なんて丸分かりよ?」
「……。」
姉さんは私のことなんてどうでもいいと、勝手に思っていた。
けれど、そういうことではなかったようだ。いつも高圧的で人を身分や仕事で判断するような節があって、薔薇のように美しさと棘があって……。
それでも、この人は私の姉さんなんだ。
「──それでも、私は姉さんを超えてみせるわ。」
立ち上がり、私はそう宣言した。
右手を開き、また握る。
それを何回か繰り返す。
──うん。平気。
違和感はない。これならいつもよりも強くしても大丈夫だろう。
「ふぅ……。」
息を吐き、目を閉じる。右の拳を強く握る。腰を落とし、ゆっくりと右腕を引く。そして──。
掛け声とともに強く突き出した。
「なぁっ!?」
水の竜巻が風圧に煽られ掻き消え、アモローザは初めてクールな表情を崩した。
「あれは……!」
スタンド席で見ていたセプテムは言葉を漏らした。
怪盗シャドウとして活動していた頃。アベリアと対峙した時に見せた技だ。強化された拳を振るい、その衝撃波と風圧で魔法をも掻き消す。
この場面において有効な一手だ。
にしても……。
「容赦ないわね……。」
アベリアの技に驚嘆したアモローザだったが、すぐに平静さを取り戻した。
目の前に分厚い水のカーテンを張り、アベリアの追撃を抑止する。
「むぅ……。」
駆け出しながらアベリアは思考する。
どうする?あれも壊す?いえ……。
ここは退くべき!
そう判断し、飛び退いた直後、先ほどまでいた位置に水の塊が降ってきた。
「あら?良い判断じゃない?」
ただの水と侮るなかれ。分厚くなれば、水は鈍器のようにもなる。一メートルもあれば人を殺すには充分な津波となる。
巨大な水飛沫を上げ、それは破裂した。シャワーのように降りかかってくる。
「姉さんが考えることくらい、私にも少しは分かるの。だから……むぐっ!?」
「でもリア?油断し過ぎじゃないかしら?」
巻き起こった水飛沫が襲いかかってきた。
顔に張り付き、アベリアはそれを剥がそうともがく。
──不味い。苦しい。
当然ながら、水を掴むことは出来ない。このままでは息が出来ない。水魔法の応用力を考えていなかった。判断ミスだ。
このままじゃ……。
どうする?高速で動いて、水を振り払う?
それじゃダメ。すぐに同じことをやられてしまう。これを脱しつつ、もう同じ手は使えないと思わせる手段を……。
苦しくなってきた。もう息がもたない。早く決断を……どうすれば……。
ダメ……何も思いつかない……私じゃ……。
──なら。皆なら?こういう時、どうする?どう動く?
……きっと。
空気がなくなり、苦しさとともに意識が薄れていく中、全身に力を込める。
これじゃきっと、解決にはならない。それでも……。
バネで弾いたように跳び出した。
腕を振る余力はない。そのまま姉さんに体当たりした。
「ぐっ……ふぅっ……!」
もろに喰らったアモローザはよろめき、魔法の制御を失った。
「ぷはぁっ!……はぁ……はぁ……。」
顔に張り付いた水から解放され、アベリアは荒い呼吸を繰り返す。酸素を求めて自然と顔が上を向く。
思った通り。姉さんはあくまで一般人。冒険者じゃない。
だから戦闘による痛みに、衝撃に慣れていない。相手が熟練の魔法使いであったなら、同じことをしても解放されなかったことだろう。
「……随分と荒い、雑な解決策じゃない。」
「……でも姉さん。獣みたいにこうやって攻撃されるの、嫌でしょ?」
「……まぁ……そうね。」
何はともあれ、これで結果オーライだ。
そして今の口ぶりからして、同じ手は使ってこない。
これでようやく、スタートラインだ。