176:初戦
賢者の魔法は物質操作──。
それに対する明確な回答は思いつかない。ならば、自分にとっての最適解を押し付けるしかない。
「ふっ!」
開戦の合図と同時にマカナは小瓶をドゥーフに向けて──正確に言えば、ドゥーフの足元に向けて投げつけた。
それとほぼ同時にブーメランをベルトから引き抜き、顔面を目がけて投げつけた。
「……チッ!」
魔法の条件は、物質に対し意識を向けること。
セプテムから聞いた話だ。それが事実であるならば、同時に意識を向けることが難しい状況を作ってやればいい。
足元に向かって飛んでくる小瓶も気になるだろうが、眼前へと迫りくる武器の方へどうしても注意が向くはず。この二択ならば、反射的にブーメランを優先してしまう。
「……くだらねぇ手ぇ使いやがって。」
──常人ならば。
賢者の採った行動は、マカナの想定していた二択のどちらでもなかった。
彼の足元から地面がせり出し、両方を岩壁で防いだ。
「くっ……。」
思わず呻く。
どういう神経してんだ?
目の前にあるプレッシャーを無視し、地面に意識を向ける。合理的な選択だが、並みの神経では出来ない行為だ。
ブーメランは墜落し、小瓶は割れて毒を地面に撒き散らした。
「ハッ!ザコの浅知恵じゃ俺には敵わねぇんだよ!」
岩壁が菓子のように二つに裂け、その隙間から槍が真っ直ぐに飛んできた。
「あー……そうかよ。」
マカナは小剣を引き抜き、槍と応戦する。
浅知恵か……まぁそうだろうな。誰と当たってもいいように装備を整えただけだ。賢者と戦うかなんて分からないし。
この作戦だって、戦うと分かった瞬間に急いで考えたものだ。そんな急ごしらえの手で英雄クラスの奴に勝てるなんて、本気で思っちゃいない。
「けどよ……。」
そういう咄嗟の機転ってやつで、生き延びた奴を……勝った奴を知っている。
そいつみたいにもしかしたら俺も……って思ったけど、やっぱ現実は相応に厳しいな。
縦横無尽に襲いかかってくる槍を弾きながらマカナは思考する。
まぁやっぱり……勝てるわけないか。片や英雄、片や一介の暗殺者。勝負にならないなんて、誰が見ても分かることだ。
けどまぁ、ただで転んでやるつもりはないというか、負けてやるつもりはない。どうせ負けるなら、少しでも情報を引き出してから負ける。
「……ん?」
勝つとか言っといて、なに弱気になっている?
いや、ただの雇い主に対して、そこまで感情的に動いてやる必要は……。
それも違うか。
俺は首を小さく横に振る。
少なからず、俺は雇い主に対して好意を持っている。そんな気がする。でもよく分からない。そういう感情を持ったことがないから。
これまで合理性とか仕事だからとか、そんな風にしか物事を見ることが出来なかった。だから後でこの感情が何なのか、誰かに聞いてみるか。
アベリアとかエヌマエルが詳しそうだ。何となくだが。
「おい。何を考えてやがる?」
「さぁな?」
苛立った問いかけを俺は軽く流す。
とりあえず、今はこいつ相手に集中するか。
毒はまだ持っている。それを当てられれば……。投げるのでは駄目だ。防がれる。何とか近接戦に持ち込めば、どさくさ紛れにぶつけることが出来る。その線でいくか。
「──何をごちゃごちゃ考えてんのか知らねぇが、面倒だからよ。格の違いってやつを見せてやる。そんで死ね。」
そう言うと賢者は懐から何かを取り出した。
何だあれ……?
掌サイズで銀色の、薄くて四角い……。
カードか何かか?それが複数重なっていて……。
「あばよ。」
「何言って……ッ!?」
そう呟いた直後、カードの束がバラバラに襲いかかってきた。
前方の複数の角度から同時に襲われ、上半身に切り傷が大量に入る。
「ぐっ……!」
何が起きた!?風に乗ったのか!?
いや、そんなわけがない。冷静になれ。奴の魔法だ。
「くそっ……!」
剣だけではどうしたって防げない。数が多すぎる。
嫌な汗が背中を伝う。
この量の物質を同時に操れるのか。一つひとつが小さいとはいえ、何という集中力だ。
次々と身体が切られていく。防ぐどころの話ではない。身動きすらとれない。竜巻が刃物になり自分を閉じ込めたかのようだ。
「……。」
ドゥーフはカードを操るために集中しつつも、冷めた目でマカナを見ていた。
──なんで立つ?無駄な努力だろ?
どうせ、もう少し切られたら血の流しすぎで倒れるだろうが。だったらそうなる前に、降参でもしろよ。まだ勝機があるとでも言いたいのか?
「ムカつくなぁ!てめぇ!」
嫌いな奴だ。
実力差を弁えない。俺の嫌いなタイプだ。
……まぁ……さっさとケリを着けてやればいい話か。
「がぁっ!?」
カードの操作を止め、槍を足に突き刺してやった。
マカナは小剣を強く握った後、地面に倒れた。
「……ハッ!」
魔法でカードと槍を回収し、俺は舞台から出る。背後で俺の勝利を告げる声がしたがどうでもいい。
そして城への帰り道、連合の奴らが追いついてきた。
「とりあえず、勝利おめでとう。」
「これでいいだろ?明日は出ねぇ。てめぇらでどうにかしろ。」
話しかけてきた魔人を突っぱね、ドゥーフは独り城へと戻った。