173:真意
「エレジーナ、どういうつもりなんですか?」
宿舎に入り、サンナはエレジーナの部屋を訪れるとそう尋ねた。
らしくない。先ほどのエレジーナの発言に対する感想はそうであった。
普段なら上手いこと話題を逸らしたり誤魔化したりする彼女が、あんな風にストレートに言うのには何かしら理由があるのではないか、と嫌でも推測してしまう。
「う~ん……どういうつもりって言われても……他意はないよー?」
「なら、尚更どうしてですか?」
「サンナちゃん、やけに一号ちゃんの肩を持つねー?どうかしたの?」
──こういう時には本当に鋭いな。
だが、これに関しては隠す必要はないか。
「気になるから、です。二年ほど前に貴方は私の前からいなくなった。なので私はそれ以前と再会した後の貴方しか知りません。しかしエヌマエルはその間のことを知っている。私はそれについて知りたい。だからエヌマエルの肩も持つ。それだけです。」
これが私の素直な気持ちだ。
先輩でもあり、姉のような存在でもあったエレジーナのことを知りたい。どうして急にいなくなったのか。その間に何があったのか。
「……。」
私の言葉を聞いて、エレジーナはポカンとした表情をした。
「どうしたんですか……?」
いつも表情を変えない彼女がこんな顔するなんて……何か不安になる。
「いや……思っていたよりも評価高いんだなーって……。」
「え?そりゃあまぁ……。」
どういう立場だったのか知らないが、一流のアサシンであるエレジーナと一緒に旅をした人だ。それだけでも評価に値すると思う。
「あ、一号ちゃんへのじゃなくてね。私に対しての、だよ。ほらサンナちゃんって、いつも私に対して当たりが強いというか、そんなこと考えてたんだなーって……初めて聞いたから。」
「へっ!?あ、それは、その……。」
サンナの顔は赤くなり、エレジーナの視線を隠すように両手を伸ばし目を隠した。
しまった……素直に言い過ぎた……恥ずかしい……。
「サンナちゃーん?前が見えないんだけどー?」
「と、とにかく!私は自分の気持ちを話しました!次はエレジーナの番です!」
手を退けず、強引にそう言った。
「……まぁいいか。──一号ちゃんはね、優しい子なんだ。私よりも女の子らしくて、ドジで、寝坊助で、ちょっと空気が読めなくて……。」
段々悪口になってきている。
「だからあの子は、良いいい意味で普通なんだ。だから、普通に生きてほしい。そう思っているんだ。」
「普通……ですか?なら何故……?」
一緒に旅をした経験があるのか?
「助けてくれたんだ。私が危機に陥った時、一号ちゃんがね。自分の父親を殺して。」
「……。」
想像していたよりも、ずっと重い話だ。
「想像になるけど、その時の光景が夢に出たりすると思うんだ。アサシンとして生きていけば、人の死というものに慣れる。そういう感性が鈍くなる。だからそう生きさせるのも、一つの手なんじゃないかなって思った。」
「でも、そうはしなかったんですよね?」
その通りにしていたのなら、現状にはなっていない。
「うん。あの子は普通で、優しい子。だからそういう風に生きるのはダメだって思った。だから親切な宿屋に置いてきたんだよね。まさか再会することになるとは……困った困った。」
「はぁ……それで、最初の質問に戻りますが……。」
「うん。だからあの子には優しいままでいてほしいんだ。人に攻撃する感覚を思い出してほしくない。出来れば私とは距離を置いてほしい。そう考えているよ。だから何が何でも戦わせない。」
「なるほど……それが本音……だそうですよ?」
サンナがそう言うと、ガチャリと扉が開き、怒った顔のエヌマエルが部屋に入ってきた。
「エレジーナッ!貴方という人はどうして……!」
「あれ!?一号ちゃん!?なら窓の外にいるのは……!?」
サンナが部屋に来た時から、窓の外に気配があることは気付いていた。それがエヌマエルで、話をこっそり聞いているとエレジーナは思っていた。
その点に関しては当たっていたが、扉の外にいたというのは想定外だ。
「外にいるのはマカナです。雇いました。もう引き上げていいですよ。」
窓の外にある気配がなくなった。
「エレジーナが動揺する姿、初めて見ましたよ。……私はもう出ていくので、後は二人で話してください。」
「エレジーナ!!」
サンナが出ていくのを待たずに、エヌマエルはエレジーナに抱きついた。
「えっと……一号ちゃん?」
「バカ!私は貴方に救われたの!貴方となら、新しい人生を歩めると思ったの!なのに勝手に私の気持ちを考えたり決めつけたり……あぁもうバカ!」
「あー……えっと……ごめんなさい。」
しどろもどろになる。こうやって真正面から気持ちをぶつけられるのは初めてだから。
「初めからそう言ってくれればいいのに!そうすれば私だって、貴方の邪魔にならないようにって!離れ離れにあるのは嫌だけど!」
「あぁー……うん。ホントごめんね。」
泣きじゃくるエヌマエルの頭を優しく撫でる。
えーっと……こういうのは男の子の役目なんじゃないかなぁ?どうしよう?
「──なんとかなりそう……か。」
内容的に、もう大丈夫だろう。
サンナは静かに部屋の傍から離れた。
明日の夜から試合が始まる。問題も解決したし、少し早いが休むとするか……。
「……ん?」
何気なく外を見た時、そこに人影があるのが見えた。
あれは……。
「……アベリア?」