168:船
レグヌムに行く……?
今まで考えていなかった……いや、考えないようにしてきた。
それだけに帰った時のことを想像すると、思わず身震いしてしまった。どう思われているかは分からないが、少なくとも歓迎はされないだろう。
「……どうしても、行かなきゃ駄目なの?」
「ああ。だが安心しろ。歓迎はされるだろうからよ。」
「……?」
ドゥーフの言葉の意味が分からなかった。
「まぁ勝てばいいだけの話だ。重く受け止めんなよ。」
「勝てば……?一体どういうことなの?」
しかしドゥーフは首を横に振るだけで答えてくれなかった。
仕方ないので僅かな幌の隙間から外を眺める。そんなに時間は経っていないと思うが、少なくとも町は出ただろう。
あれ……?
「レグヌムに行くんだよね?なら海に行くんじゃないの?」
この辺りの土地勘がないため何とも言えないけど、海に行きたいなら森の方へ行けばいいんじゃないの?
「港に行くんだろ。つーかお前ら、港から来たんじゃねぇのか?」
「森の方に海岸があるでしょ?私たちはそこから来たわ。」
「はっ?」
ドゥーフは頭の中に地図を思い浮かべる。
――たしか対岸にうっすらと山が見えてた気がするが……そこから来るなんて……。
「バカだろ。お前ら。」
「あ?どういう意味よ?」
「まぁまぁ。」
フィカスとエヌマエルが同時に止めに入った。
これから大変なことが起こるかもしれないんだから、喧嘩してる余裕はないでしょ。
「港だ。ここから船に乗る。移動だ。」
そう言って黒ローブの人物は馬車を停め下りた。
僕たちもそれに倣って馬車を下り、後を追うように歩く。
「あの船だ。」
停めてある大きな船を指差した。
大きな旗が潮風に揺られている。それには豪華な紋章のようなものが刺繍されていた。初めて見たが、きっとレグヌムの紋章だろう。
そしてその前で男性が手を振っていた。
「はじめまして。俺はカイドウ。君がフィカスくんだね?」
「あ、はい……。」
眼鏡をかけた、賢そうな男性だ。背は僕と同じくらいかな?
「ジギタリスから君のことはよく聞いているよ。それで彼が北大陸の賢者……君がセプテムさんだね。そして君は……えっと……。」
「エヌマエルです!」
そう言ってピシッと手を挙げた。
「そうだったね。エヌマエルさんだったね。」
そう言いつつ首を傾げていた。
まぁ……知らなくて当然だよね。レグヌム城下町周辺にいた時にはいなかったから。知り合ったのは逃亡を始めてからのことだし。
「フィカスさん。」
肩をちょんちょんとつついてきた。
「なに?エヌマエル?」
「私、この方と知り合いでしたっけ?初対面な気がするんですけど……。」
「ああ……うん……そうかもね。」
内緒話はここまで。
カイドウに案内され船内へ。
「レグヌムの港に行くには、少し時間がかかるんだ。航路上、どうしても遠回りになってしまってね。まぁ明日には到着すると思うよ。それまでゆっくりとくつろいでくれ。」
「あぁ。そうさせてもらうわ。」
ドゥーフは面倒臭そうに頭を掻いて、大量にあるドアの一つを開けてその中に入っていった。
僕たちは少し広めな部屋に。テーブルがいくつか置いてあるから、食事をするところでもあるのかな。
「で、私たちをこんな豪勢に出迎えてくれるって、国王様は一体何を考えているのかしら?」
いつの間にか黒ローブを人はいなくなっていた。
カイドウは顎を摘み、それから室内を見回してから口を開いた。
「――冒険者でない以上、俺も詳しくは聞かされていないが。」
そう前置きしてから彼は話し始めた。
「レグヌムは今、国中から選りすぐりの冒険者を集めている。とは言っても声がかかるといえば、恐らく君の知り合いくらいだろう。」
君は勇者候補なのだから、と付け加えた。
「それと同時に各大陸の主要国に、協力を仰いでいる。君たちを手に入れるために、何か大きなことをしようとしているようだ。」
「具体的には、何をしようとしてるの?」
「分からない。それを知っているのは一部の者だけだろう。賢者も呼ばれている以上、予想することは出来るが……確証がないのに意見を述べるのは、不安にさせるだけだろう。だから、今のうちにゆっくり休んでほしい。」
「まっそうね。休ませてもらうわ。」
セプテムは頭の後ろで手を組んで部屋を出ていった。その後を慌ててエヌマエルが追いかけていった。
「――彼女は頼もしいな。怖気づく様子が微塵も感じられない。」
「うん。セプテムは……凄い人だよ。」
冒険者としても、人としても。
口が悪いこともあるけど、面倒見がよくて視野が広くて……尊敬出来る人だ。
「さっ、君も休んだらどうだ?ストレスもあるだろうし、くつろいだ方がいいだろう。」
「うん。ありがとう。そうするね。」
どの部屋も自由に使っていい、別れ際にカイドウはそう言った。
適当に見繕おうと船内を歩きながら見渡していると、デッキに出る階段を見つけた。
せっかくだし……。
上ってみよう。
甲板に顔を出した途端、強い風に顔をしかめた。踏ん張って歩かないと転びそうだ。
「……よっと。」
慎重に歩き端にある手すりを掴む。
船はガンガン進み、既に大陸は遠ざかっていた。
「……ふぅ。」
目を瞑り、短く息を吐く。
覚悟を決めよう。
もう逃げない。
自分の意思をしっかりと持ち、正しいと思った道を進んで行くんだ。