165:暗闇
地響きのような咆哮とともに、巨大な蛇のような見た目をした竜が姿を見せた。
セプテムの炎しか灯りがないため、はっきりとは分からないが水色の鱗をしているようだ。顔はトゲトゲとしていて、顔だけ見れば蜥蜴のようにも見える。
手足は付いていないようだ。本当に蛇のように思える外見をした竜だ。
「おぉー……キレてやがんな、こいつ。」
「そりゃあ、あんたが急に岩をぶつけたからね!」
セプテムはドゥーフを怒鳴りつけ、右手から灼熱を放った。
再び地響きのような咆哮をし、竜は口から息を吐いた。
それはただの息ではなく、冷気を纏った息だ。灼熱と正面からぶつかり合い、双方ともに掻き消えた。
「チィ……私が魔法で引きつけるから、その間にあんたたちで何とかしなさい!」
「何とかって……どう何とかするんですか!?」
エヌマエルは剣を引き抜くも、ただそれを握ることしか出来なかった。
これほど巨大な敵に人間サイズの武器が効くとは思えない。そもそも、全身を覆う鱗に傷を付けることが出来るかどうかさえ危うい。
「ハッ!俺にかかれば楽勝なんだよ!」
「いやダメだってドゥーフ!」
フィカスが慌ててドゥーフを止めた。
「あ?どういうつもりだフィカス?」
「ここで魔法を使ったらダメだよ!」
無生物であるならば、意識を向けることで操ることが可能となるドゥーフの魔法。非常に強力だが万能ではない。
洞窟のような閉ざされた空間で使用した場合、地形を大きく変動させ生き埋めとなる可能性が出てくる。
フィカスはそれを危惧し、彼を止めたわけだ。
「……クソがよっ!」
舌打ちし、ドゥーフは槍を放り投げた。
槍は鱗に当たり落下するが、魔法により意思を持ったかのように連続で攻撃をする。
「チ……。」
効いていない。多少の傷が付いただけだ。
「危ないッ!」
竜は口を大きく開き、飲み込もうと牙を向けてきた。
フィカスは咄嗟に石壁を創造し防御するが、竜の頭突きはそれをたやすく突き破った。
「うわっ!えっと……!」
どうする?
後ろに退くのは間に合わない。横に跳ぶか?竜はどこまでこちらが見えている?動きが読まれる恐れはないと言えるのか?
「それっ!」
エヌマエルがフィカスの背中を押した。そしてそのまま背中から抱き着き、二人で竜の下半身がある穴へと落ちる。
「フィカス!」
セプテムとドゥーフが同時に叫んだ。
――くそっ!間に合わない!
セプテムは威嚇攻撃を止めるが、暗闇に紛れてしまった二人を見つけることが出来ない。
位置が分かれば、風魔法で助けることが出来るのに……!
「う……ここは……!」
一瞬焦ったが、フィカスはすぐに平静さを取り戻す。
落下の感覚には慣れている。落ち着いて事態を把握しよう。
上からはセプテムとドゥーフの声。つまり二人は無事だ。自分の背中にはエヌマエルがいるはず。不思議な感触が背中にある。
――安全に着地するには……!
「……これだ!」
少しだけ離れた位置に大きなベッドを創造する。暗闇の中に創造することは出来ないためだ。
底までの距離は分からないけど、すぐに着くはずだ。後はベッドに落ちる時の角度と位置を気を付ければ……!
「わぷっ!」
思っていたよりも着地が早かった。
重力が一気に襲いかかり、ベッドに深くめり込むとともに体重が一気に身体にかかる。
「ふぎゃ。……フィカスさん、大丈夫ですか?」
「うん。」
ちょっと重かったけど。
起き上がり、周囲を見渡す。灯りはここにはないけれど、暗闇自体に目が慣れてきたのだろう。ぼんやりと見えてくる。
「――こっち。」
エヌマエルの手を引いて後退する。
すぐ近くに竜の身体が見えた。こちらには気が付いていないようだが、そうでなくても踏み潰されてしまうかもしれないからだ。
「どうするんですか?」
上を見上げるが、暗闇しか見えなかった。
――セプテムは今、炎を使ってないのか……。
二人の位置が分からない。声を出したら伝えられるかもしれないが、同時に竜に位置を知られてしまうことになる。
「う~ん……どうすれば……。」
考えろ。
どうすれば竜を倒せ……。
「……。」
「……フィカスさん?」
今、自然と倒すことを考えようとしていた。
命を奪うことが正義と呼べるのか、それは本当に正しい行為なのか……そういうことを考えておきながら、実際にそういう状況に置かれた時、その考えが頭から抜けていた。
やっぱり、僕の考え方がおかしいのか……?
「――大丈夫です。だから、落ち着いてください。」
「エヌマエル……?」
彼女がそっと手を握ってきた。
暖かさが伝わってくる。
「フィカスさんが何を考えているのか、私には全然分からないですけど、深刻に捉えすぎないでくださいね?考えれば必ず答えが見つかる、なんてことはないと思います。」
「え……?」
「ふとした拍子に、何気ない時に……どういう時に答えが見つかるか、分からないと思うんです。だって、人なんですから。だから……落ち着いてください。」
「……うん。」
そうだ。
今ここで考えたって、状況が好転するわけじゃない。
人生はまだまだある。大きな悩みは後回しだ。
今は……どう切り抜けるかだ。