164:氷穴
「――思った通り、深いわね。」
穴の底、暗闇の中で小さな炎が燃えている。
フィカスが布きれを創造し、セプテムがそれに炎を点すと穴の底へと投げ捨てた。それにより穴の深さ等が大体理解出来たわけだが……。
「急みたいですし、下りるのって危なくないですか?」
「うん。何か創造して……。」
万が一、足を滑らせたらと思うと……ここは時間がかかってでも慎重に行った方が良い。
そう思ったんだけど……。
「んな面倒なこと、してられっかよ。」
そう言うとドゥーフはコンコンと槍の柄で足場を叩いた。
地震が起き、目の前の地形が変わっていく。
穴の淵が太く厚い螺旋階段のようになっていく。
「――これで充分だろ?行くぞ。」
「あぁ……うん……。」
そうだよね。
ドゥーフの魔法があれば、悩むことなんてないよね。
炎魔法による灯りを持つセプテムを先頭に、一列になって螺旋階段を下りていく。二番目が僕、その後ろがエヌマエル、最後尾がドゥーフだ。
「……?」
底へ近づいていくと、段々と肌寒くなってくることに気付いた。
この土地自体がレグヌムに比べると涼しいから、相応の服装をして来たのだが、それでも寒くなってきた。
よく見ると、壁に氷らしきものもある。
「わぁー……なんだか幻想的ですね。」
底に到着すると、大きな氷が生えていた。まるで巨大なクリスタルだ。
それも一つではない。サイズはまちまちだが、あちこちに同じようなものが生えている。
「結構広いんだね。どのくらいあるの?」
「そこまでは知らねぇよ。けど、竜が住むくらいには広いんだろ。」
「それじゃ伝わんないわよ。……まったく。」
セプテムが溜め息を吐き、炎の威力を強くした。
大きな炎が奥まで照らす。
「――一本道みたいね。行くわよ。」
あちこちにある氷が鏡のように炎を反射する。地上では見られない、キラキラした光景だ。
冷たい空気を肌で感じ、慎重に進んでいく。足元にも氷があるから、転ばないように注意しないと。
「ほびゃ!」
「わっ……!」
突然、背中に何かがぶつかった。
一体何が……ってエヌマエルか。
「大丈夫?」
「はい……すみません。」
氷もそうだが、地面自体も冷えて滑りやすくなっている。気を付けないと簡単に怪我しそうだ。
「わっごめん。」
そう考えていると、先頭を行くセプテムに激突してしまった。
「――分かれ道よ。」
一歩横にずれ、炎で先を示した。
そのまま真っ直ぐの道と、ほぼ直角の右に道が伸びていた。
「どっちに行く?」
「どっちでもいいだろ別に。」
「よくはないわよ。」
僕は二つの道を交互に見比べる。
どっちも同じような……いや……。
「右……じゃないかな……?」
「どうしてだ?」
「淵……って言えばいいのかな?」
道の輪郭を指差す。
「真っ直ぐに比べると、端の方が欠けているというか、崩れてきているというか……。」
これまで歩いてきた通路と比べると、崩れ方が違う気がする。早い話が、劣化が激しい。ここだけ違うだなんてこと、普通はないんじゃないかな?
「つまり、こっちにいるってことだな?」
「うん。……断言は出来ないけどね。」
でも、可能性としては高いと思う。
「なら右にしましょう。」
「はい!お二人がそう言うのなら!」
そう言って歩きだした三人の背中を見て、ドゥーフは立ち止まった。
「……。」
「……ドゥーフ?どうしたの?」
フィカスが振り向き、不思議そうにそう訊いてきた。
「……何でもねぇよ。」
――信頼か。
俺には関係のない話だな。
「……?そう……?」
疑問を感じながらも頷き、フィカスは前を向いた。
こっちの道は、さらに氷が多くなってきていた。ほとんど全体が氷に覆われている。けれど、傷ついたものが多い。
固い何かがぶつかった跡みたいに見える。
「……寒いですね……。」
「我慢しなさい。」
「セプテムさんは炎を持ってるから、そういうことが言えるんですよ。」
そう言ってエヌマエルは己の両腕を擦った。
「はいはい。フィカス、なんとかしてやって。」
注文が雑。
「えっと……。」
エヌマエルが右手を前に出してきた。
その手の上に厚い布があるイメージをする。毛布を小さくしたような物を創造。
「……。」
「小さかった……?」
創造したけれど、エヌマエルはジト目でこちらを見てきた。何か不満だったのだろうか?
「いえ……平気です……。」
毛布に包まり、すねたような口調でそう言った。
「……そう?」
何か言いたげな気がするけど、本人がそう言うのならいいのかな?
「――多分、ここの下よ。」
炎を小さくし、セプテムが声を絞った。
急な坂になっていて、下から何かの音がする。
「――この下に竜がいるってことだね。」
音からして、まだこちらには気付いてない様子だ。
それなら、ここは……。
「面倒なことはしたくねぇ。ほらよ!」
ドゥーフがそう言うと、近くにあった岩が下へと向かって飛んでいった。