159:お出掛け
翌日――。
夕暮れ時に僕は、城の前に立っていた。
頭にはセプテムから借りたハンチング帽。それと言われるがままに創造した金髪の付け毛。
これなら外に出ても平気だろうと言われたけど、この変装で本当に大丈夫なのかな?
「……ちょっと早かったかな?」
待ち合わせの時間はこれくらいだったと思うけど、肝心の彼女の姿がまだない。
時計を見てから来ればよかった。もしかしたら、待ち合わせよりも早く着き過ぎてるのかも。
「それにしても……。」
どうして急に出掛けようなんて言い出したんだろう?
それも二人っきりで、なんて?
「お待たせしましたー!」
色々と考えていると、城内からエヌマエルが出てきた。
――独りで考えるよりは、訊いた方が早いよね。
「ねぇ……どうして二人でって話になったの?」
町に出るなら、セプテムも一緒の方が良いと思うんだけどな。
ドゥーフは……周囲に迷惑かけそうだから、中々難しいかも。
「ふっふっふ……!何の意味もなしに二人で出掛けようなんて言い出す私に見えますか?」
「えっと……。」
頷きそうになってしまった。
エヌマエルってジギタリスみたいに、思考するよりも先に行動!って感じのタイプに見えるから。
「……色々と理由があるんですよ?本当ですよ?」
「う、うん。」
「……。」
エヌマエルはジト目で見つめてきた後、ため息を吐いた。
「……ところでフィカスさん、想い人はいますか?」
「え……いないけど……。」
返事を聞いて、彼女は笑顔になった。
「そうですか!じゃあ行きましょうか!」
「うん?分かった。」
エヌマエルの意図が見えないが、気にしないことにしよう。
「昨日、町のことを調べてきたんです。お金もありますから、思いっきり楽しみましょう!」
手を引っ張られ、駆け足で町中へ。
嬉しそうに、楽しそうに前を走るエヌマエルを見ていたら、自然と笑顔になってきた。
「まずはここです!」
カフェに入ってコーヒーを飲む。
苦い……口に合わないかな。この飲み物は。
「……うへぇ…………。」
顔を上げると、エヌマエルは舌を出して目を瞑っていた。
やっぱり苦いんだ。何でこのお店にしたんだろう?
「……甘いものにしようよ?」
今からでも、そうした方が良いと思うんだ。
「甘いもの……!駄目です!」
一瞬目を輝かせた後、首をぶんぶんと振った。
「このお店はコーヒーが売りなんです!それに……!」
「それに?」
「……コーヒーが飲めるって、大人っぽいじゃないですか……?」
「う~ん……。」
コーヒーが飲めるからといって、大人っぽいってわけじゃなさそうな気が……。
あ、でも、ネモフィラさんとかエレジーナはコーヒー飲めそう。そう考えると、やっぱり大人っぽいってことになるのかな?
「でも、無理して飲む必要はないんじゃないかな?」
背伸びする必要はない……と思っている。
自分にはまだ早いこと、出来ないことを無理にやろうとしても、きっと良いことはない。
「はい……そうですよね。」
頷いて微笑んだ。
あれ?簡単に納得した。
エヌマエルの性格的に、ここは無理やりにでも飲み干そうとするのかと思っていた。
「でも!これは飲みますよ!大人ですから!」
あ、やっぱり飲むんだ。
「……まだ苦味が口に残ってる気がします…………。」
「……甘いもの、何か頼めば良かったのに。」
「いえ!それでは駄目なんです!」
頑張る方向が違うと思うんだけどなぁ……。
「――まだ少し早いですね……。」
ボソッとそう呟き、エヌマエルは空を見上げた。
「えっ?何が?」
「こっちの話です!さぁ次に行きますよ!」
続いて向かった先は美術館。
当然違う美術館だが、懐かしい感情になる。
セプテムと初めて出会ったのは、レグヌムの美術館だったな。あの時は怪盗シャドウとして、僕たちの前に敵として現れたけど。
「……。」
人はそこそこいるけれど、静かだ。
会話はなく、ただ静かに美術品を眺める。こういう雰囲気、結構良いかも。
「フィカスさん。」
チョンチョンと肩に触れ、小声で話しかけてきた。
「美術品、見慣れているんですか?」
「いや、そういうわけじゃないんだけど……。」
「そうなんですか?落ち着いていたので……。」
言われてみると、自分でもそうかもしれないと思った。
こういう展示品がある空間に来るのって、ほとんどないんだけどなぁ……。どうしてだろう?
「……エヌマエルは、美術館に来る経験、結構あるの?」
「いえ……家に装飾品とか、色々あったので。足を運んで見るって経験は初めてです。」
「へぇ……。」
……サラッと今、凄いことを言われた気がする。
「あ、そろそろ出ましょうか。」
懐中時計を取り出して、そう言った。
「え?まだ早いんじゃない?」
来てからまだそんなに時間が経っていないと思うけど。
「もう一つだけ、行きたいところがあるんです。」
そう言うと、彼女は僕の手を取ってにっこりと笑った。