157:稼業
「……わっと!」
手元から小剣が弾き飛ばされた。
「ハッ!慣れれば大したことねぇな!」
あれから一週間――。
フィカスたちは雑用から冒険者用の依頼まで、幅広い仕事をこなし生計を立てていた。
そして空き時間にドゥーフに稽古をつけてもらっていた。
「忘我状態ってのも弱点が丸分かりじゃねぇか!よくもまぁそれで勇者候補にまで漕ぎ着けたものだな。」
「……。」
ドゥーフの物言いにムッとするが、何も言い返せない。
事実、フィカスは忘我状態に入った状態で負けた。
うーん……この感覚には慣れてきたんだけどなぁ……。
何度か繰り返すうちに、フィカスは忘我状態に入るコツが掴めてきていた。
「まっ早い話が、その速さにこの俺が慣れたってことだ。それに関しては悔しがる必要はねぇよ。」
俺より強いわけがねぇからな。
とドゥーフは付け加えた。
「……慣れたって、どういうこと?」
ドゥーフは槍を地面に突き刺した。
「そのままの意味だ。お前の速度に慣れたってだけだ。」
初回こそ互角以上に渡り合えたが、それ以降はドゥーフが常に上手だった。
今となっては完全にドゥーフが上回っている。
「つうか、これじゃ俺の訓練にならねぇよ。もっと強くなれよ?」
「そのための特訓でしょ?……ふぅ。」
小剣を鞘に収め、フィカスは緊張を解くように息を吐いた。
「……で、慣れたって話、具体的にはどういう意味なの?」
「――てめぇの速度が一定ってことだ。いくら速くても、一定だったらどうとでも出来るってことだ。」
速度が一定……か。
意識したことなかったけど、”賢者”が言うのなら、そうなのだろう。
「どうやってそれで”勇者”に勝ったんだ?あ、そうか……数でごり押ししたってことか。」
「うるさいなぁ……あ、そろそろ行くよ。」
そろそろ仕事に戻る時間だ。言葉の意味は後で深く考えよう。
「そうか。なら俺も町にでも行くか。」
「喧嘩売らないでよ?」
「そいつは約束出来ねぇなぁ。」
ドゥーフ相手に遠慮とか、そういうのは何故かなかった。
口が悪いって知っているからこそ、こちらもそれ相応の態度になっているだけか。それとも今は歳の近い同性が周りにいないからか。
理由はよく分からないけど、こういう関係も中々心地よい気がする。
「あ、フィカスさん。休憩は終わりですか?」
「うん。エヌマエルは?」
「私はこの後です。頑張ってくださいね。」
彼女は主に城内の掃除を担当していた。
城はとてつもなく広いので、人手はいくらでも欲しいんだそうだ。
「うん、ありがと。エヌマエルも頑張ってね。」
僕の主な仕事は道具の創造。時々冒険者。
ドゥーフ曰く、町に外国人が増えてきたそうだ。多分、僕を捜しに来た人たちだ。
今は逃亡の身。だから外に出る機会は最初の方しかなかった。今では城内で出来る仕事しかやっていない。
「あ、いた。フィカス殿、お手紙がきていますぞ。」
「手紙?」
同僚から手紙を受け取るも、首を傾げる。
誰からだろう?そもそも、僕がここにいるって誰かに知られてるってことだよね?
……何で逆に今、僕は見つかってないんだ?
「ああ、そうそう。君宛てだけど、国に対して届いたそうだ。」
「ああ……そういうこと……どうも、ありがとう。」
僕がフェルティ国にいるってことは知られてないはずだから、きっと色んな国に同じ手紙が送られている……って考えるのが自然かな。
文字は読めないけど……差出人の名前らしき文字が長い気がする。苗字を持っている人ってなると、大分限られてくるかな。
「じゃあこれを……。」
セプテムのところに持っていこう。エヌマエルはこれから休憩って言ってたし、その時間を僕のために削ってもらうっていうのは気が引ける。
それでセプテムは……今日はレストラン?って言うのかな?お城の食事が出来るスペースで働くって言ってた気がする。
そこは高いけど、お金を払えば誰でも利用出来るそうだ。とは言っても、冒険者にはとても払える額じゃないらしい。
「あ……いた。」
そこに行ってみると、お客さんと話をしている姿があった。
「はい!そのデザートは私が作ったんです。美味しいですか?そう言っていただけると、とても幸せです。うふふ。ありがとうございます。」
「セプテム、ちょっといいかな?」
「はーい!それでは失礼しますね。」
笑顔でお辞儀をし、セプテムはこちらへと歩いてきた。
そして僕の傍をそのまま通り過ぎ、部屋の外へと向かう。
「で……何の用よ?」
部屋を出た途端、いつものセプテムに戻った。さっきよりも声のトーンが低い。
「手紙が来たんだ……というかさっきのって……?」
「何よ?接客業やってたんだから、あれくらい出来て当然よ?あとあんたも知ってるでしょうが。」
パーティに加わる前セプテムは普段、喫茶店で働いていた。
その経験が生きているということだろう。
「愛想良く振る舞うのは当然なのよ。で、手紙って誰から?」
「それが分からないから、ここに来たんだ。これ。」
手紙を手渡す。
セプテムはそれをひっくり返したりして眺める。
「ふーん……高そうな紙ね……差出人は……ベルラトール……ノウェム姫からよ、これ。」
姫様からの手紙?
そう言えば、姫様はどういう風に考えているんだろう?やっぱり、父親であるレグヌム国王と同じような感じなのかな。
一体……何が書いてあるんだ?