153:魔人・2
刃をぶつけた状態のまま、サンナは力を込める。
私が決める必要はない……このまま刀を振るわせなければ……!
エレジーナとマカナが魔人の背後に回り込む。これで三人で囲んだ状況になった。
「なんだ。強いんじゃん。」
王様の口ぶり的に、そんなに強くないのかと思ってた。
たしかに連携はどこか雑だ。でも、それを帳消しにするほどの判断力と行動力。
言葉を交わさずに、各々が己の役割を察知し行動出来る。それが出来るパーティはそうはいない。
「じゃあ……私も全力で応えるか。」
「……?」
ひと際強い力で一瞬サンナのナイフを遠ざけると、アズフは刀を地面へと捨てた。
何だ……?エレジーナと同じ、視線誘導か……?
サンナ一人に対しては有効なのかもしれない。だが後ろの二人には効果がないといって良い。はっきり言って、意味のない行動だ。
「意味なんて……後付けでいいと思うんだ。」
そう言うアズフの顔が砂のように崩れ始めた。
「は……なっ……!?」
そのまま全身の皮膚が砂の色となり、崩れ去っていく。
何だッ!?何が起きて……!?
瞬きをした次の瞬間、サンナの目の前には黒い鱗で覆われた巨大なトカゲがいた。
「……は?」
同様の光景を目の当たりにして、エレジーナとマカナも動きを止めた。
トカゲは唸り声を上げると、乱暴に脚を動かして粘液を引き剥がした。
それを見て理解する。
魔人だ。今、目の前にいる何かは。
「……がっ!?」
唐突に振られた尻尾に当てられ、サンナの身体が吹っ飛んだ。
トカゲはそのまま走り出し、ウルミの元へと向かっていく。
「六号ちゃん!」
「ウルミ!」
二人は同時に叫び、トカゲの後を追うように駆け出した。
悪いがサンナの心配をしている余裕はない。そもそも、今の一撃でやられるような玉ではない。
「……。」
ウルミは引かず、トカゲを睨みつける。
……弱点がある。
固い鱗に覆われていると言っても、全身くまなくというわけではない。動きの邪魔にならないよう、関節近くは鱗が薄くなっている。
そこを突けばどうということはない。
長剣を引き抜き、ウルミは腰を落とす。
……低く引きつけて、一気に刺す。
「……!」
トカゲの身体が砂ようになって崩れ始めた。
それを視認出来たのはほんの一瞬。次の瞬間には大きな二足歩行の狼が立っていた。
「……!あれは……!」
サンナは立ち上がり、その姿を見て驚愕する。
――ワーウルフか!
狼でありながら、人と同じ知能を持ち言葉を発する種族だ。その力は人はおろか、あらゆる種族を凌駕する。魔物を除けば最強の生物だ。
「がっ……はっ……!」
その豪腕が振られ、ウルミの身体は一瞬で壁へと叩きつけられた。
「……ん?」
背中に何かが刺さった感覚がし、ワーウルフは首を傾げた。
「こっちだ!かかってこい!」
振り向くと、サンナがナイフを投げた体勢でそう叫んでいた。
「……。」
ワーウルフは背中に刺さったナイフを引き抜くと、またしても身体が砂のようになり崩れ始めた。
そして、美しい金髪の女性へと姿を変えた。
「……その姿は……!」
見覚えがあった。
昨日出会った女性だ。
「うふふ。覚えていてくれたんですね。嬉しいです。」
声も同じ。同一人物としか思えない。
「同一人物ですよ?何も疑うことはないんです。それでですね私、回復魔法が使えるんですよ。」
「……!このッ!!」
自らの治癒を始めた女性に、サンナは翼で加速して飛びかかった。
「ちょっと……遅かったですね。」
台詞の途中から女性の顔は崩れ始め、ピンク色の髪をした女性へと変化した。
「は……私……?」
私が目の前にいる。鏡で見た自分の姿と同じだ。
サンナと同じ姿をした女性は、同じく金色の翼をはためかせ宙へと舞った。
「もう分かりましたよね?私の魔法が?」
「ぐっ……!」
自分と同じ姿で、同じ声で喋られると変な気持ちになるな。
よくよく見てみると、昨日の格好と全く同じだ。同じくスカートなせいで中が見えてしまっている。とんだ公開処刑だ。
「まぁ知られたところで、どうでもいいんですけどね。」
魔人はサンナから離れ、マカナの傍へと降り立った。
「くそっ……こ……のっ!?」
斬りかかろうとしたすんでのところで、マカナは動きを止めた。
魔人はサンナの姿から、スクォーラの姿へと変化していたためだ。
「前に一度だけ会ったことがあるだけだ。」
勇者の見た目をした魔人は、先ほど捨てた刀を拾いながらマカナへと斬りかかる。
「ぐっ……!」
死神の記憶が蘇る。
刃に触れては駄目だ……!
もう数瞬でエレジーナが追いつく。それまで躱して時間を稼ぐ。
「……妙だな。」
「何がだ?」
刃を交えないよう注意しながら、マカナは後退していく。その最中、スクォーラの姿をした魔人は独り言のように呟いた。
「――消極的過ぎる。まるで、俺の知らない何かを恐れているかのようだ。」
「……。」
どういう意味だ?死神の魔法を知らないのか……?いや、それは当然か。誰も勇者が魔法を持っていると知らなかったわけだ。
こいつは何を言いた……。
突如、勇者の姿からトカゲの姿へと変わった。
「しまっ……!」
間合いが変わった。
避け……間に合わ……。
「があああぁぁッ!!!」
体当たりをまともに喰らい、マカナは壁に激突すると血を吐いて倒れた。
「これで……あと二人か。」
アズフの姿へと戻り、魔人はゆっくりとサンナとエレジーナを見た。