152:魔人・1
「来たか、魔人。」
翌日――。
闘技場の控室にて――。
そこには国王と、魔人と呼ばれた人物がいた。
「話は聞いているな?レグヌムから来た生意気な奴らを絶対に倒すのだぞ。いいな?」
「はい。任せといてくださいな。」
「万が一にも負けたら、お前の地位が揺らぐだけでなく、国の信用も落ちることになる。」
「分かってますって。大丈夫ですから。」
魔人の様子は、いつも通りに見える。
これなら何も問題はないか……。
「ならばいい。行ってこい。」
「はい。あ、報酬はキチンと払ってくださいね。」
「勝てば、の話だ。」
魔人は己の武器を抱え、扉の前に立つ。
「それだけ聞ければ大丈夫です。」
そう言って、魔人は控室を後にした。
「おー……いい感じに盛り上がってるねー。」
一方、エレジーナたちは早めに闘技場の舞台へと来ていた。
最初は控室にて待機していたのだが、特にやることも思いつかず出てくることにしたのだ。
「うるさいだけですよ。」
政治的な意味を含めた試合であるとはいえ、かなりの観客が集まっていた。普通の試合であるならば、こうも大勢は集まらなかっただろう。
この盛り上がり方には、”魔人”と呼ばれる存在への期待も含まれているように感じられる。
それだけの湧き上がりを前にしても、暗殺者パーティの四人が萎縮することはなかった。正直、鬱陶しいと思うだけである。
「そうだな……。」
準備体操をしつつ、マカナは溜め息を吐く。
――不安だ。
サンナが加入してからの戦闘経験は無し。さらに試合という、正面戦闘を強いられている状況。ぶっつけ本番には少しばかり厳しいシチュエーションだ。
「大丈夫です。勝てます。」
そのサンナの言葉は、仲間への言葉というよりも自身に言い聞かせているようであった。
――勝つ。それだけをイメージしろ。
目を閉じ、呼吸を整える。
相手を大きく見るな。自分が誰よりも強いと思え。でなければ、勝ちを掴むことなど出来やしない。
「だねー。まっ、リラックスしてこうよ。」
試合のルールはただ一つ。
相手を殺さないこと。それだけだ。
それを犯さなければ、何をしても良い。
降参させるのが、一番手っ取り早いかなー?
国王から直々にルールを聞いた時、正直なところ拍子抜けであった。どれだけ悪質なルールを突きつけられるかと想像していただけに尚更だ。
「にしても、遅いっすね相手。」
空を見上げれば、太陽が頂点から少しずれてきているところだった。
時間的に見れば、もう試合開始の時刻なのだが……。
「うん。このまま棄権してくれたら楽なんだけど……来たね。」
向かい側の入場口から、人影が歩いてくるのが見えた。
「あ、お待たせしました。ごめんね、忘れものしちゃってさ。」
「あーいえいえ。お気になさらず。」
……この人が魔人?
想像していたのと大分かけ離れた姿だ。
「さて、これより試合を開始します!双方、準備はよろしいでしょうか?」
会場全体にアナウンスが入る。
ようやくか……。
「よろしくね。」
「こちらこそー。」
魔人がこちらへと歩いてきて、エレジーナと軽く握手をした。
「……?」
そのままサンナの方を見てくる。
何だ……この人……?
近くで見て、サンナは背筋が凍りつくような感覚に陥った。
……目が死んでいる。
生気が感じられないとか、瞳に曇りがあるだとか、そういう話ではない。死人と同じ目をしている。
本当に生きているのだろうか?
そう思ってしまうほどの目だった。
「いい勝負にしようね。」
向こう側へと戻っていく姿を観察する。
腰に届きそうなくらいの長いストレートの髪。浅黒い肌。腰には長い得物が付いている。
普通ではない何かを感じさせる。
そんな女性だ。
「それでは……始め!」
試合開始の合図とともに、魔人は腰に付けている得物を引き抜いた。
それは長い――刀だ。
「東大陸らしい武器……ですね。」
サンナは一度、刀を相手にしたことがある。
その経験と反省を生かせば、充分に相手出来るはずだ。
「あ、かかってきていいよ?こっちは大丈夫だか……ら?」
魔人の足にボールが当たり、それは破れ粘液をぶちまけた。
ウルミの持つ粘着剤を込めたボールだ。一度粘液が貼りつけば、乾くまでその場から動くことは出来ない。
「……。」
さっさと攻撃しろ。
とでも言いたげにウルミは三人を見る。
「いいねー六号ちゃん。じゃ、一気にいこうかー。」
ルールは相手を殺さないこと。それだけだ。道具使ってはならないだの、卑怯なことをしてはならないだの、そんな紳士協定はない。
サンナがいち早く跳び出し、ナイフを引き抜くと同時に腹部へと突き出す。
「うわっと。」
魔人は身体を後ろへと逸らし、自身の身体とナイフとの間にスペースを作ってから刀で防いだ。
だが、足を動かせない以上、すぐに限界が見える。
腰にもう一つ、四角い何かがぶら下がっているが……それを使わせずに倒す。
「いきなりピンチだねこりゃ。あ、言うの忘れてた。私、アズフっていうんだ。よろしくね。」
「……!」
何なんだこいつは?
早めにケリを着けないと……ヤバい気がした。