149:着岸
「……あれ……ここは……?」
リコリスは気が付くと見慣れない天井を見上げた体勢になっていた。
後頭部の柔らかさと、視線を動かすことにより、自分がベッドで寝ていることに気付く。
「あ、起きた。」
「ラフマ?それにネモフィラくんも……。」
「ダメージはそこまでないはずだ。すぐに起きられるだろう。」
「ダメージ……ああ……。」
思い出した。
不意に顔を殴られて、倒れた拍子に頭を地面にぶつけて……それで気絶していたのか。
「今、アギオスとアベリアが国王に交渉に行っている。試合内容から見て、上手くいくだろうがな。」
「そっか……。」
二人の様子的に勝ったってわけじゃなさそうだけど、結果的には上手くいったってことかな?
リコリスは身体を起こし、ベッドから下りる。
「それってつまり、フィカスくんを国が捜してくれるってことだよね?」
「ああ。それが吉と出るか凶と出るか……そこまでは分からないが。」
ネモフィラとアベリアがフィカスに付いて詳しく説明した時、アギオスは渋い顔を見せた。
曰く、それほど強力な魔法を扱える存在を見つけるだけで放置するとは思えない、ということだった。
たしかに、創造魔法は使い方次第で凄まじい力を見せる。その存在を知れば、国という巨大な組織が欲するのは当然とも言える。
それは単純な利益であり力となるからだ。
「うん。フィカスくんの魔法は金でも何でも創れるはずだし……一人で国を造れる存在だろうからね。所属している国が優位になるっていうのもあるんだろうけど。」
良くも悪くも、彼の逃亡とそれの捜索により、その存在が世界中に知られることになる。
それが各国の欲望を刺激し、良くない方向に動く可能性はあり得る。
「……ん~……要はあたしたちがフィカスを見つければいいってことでしょ?」
「……平たく言うと、そうだ。」
ラフマは単純だ。それ故に拗れた話も単純にさせてくれる。
……これも良いことなのかわからないが。
「じゃ、行こうか。遅れを取り戻さないと。」
有言実行するためには、何よりも早さが大切だ。
「――あー……見えた。あれだー。」
東へと進む船上――。
休みなしに船を走らせ続け、ようやく東大陸が近づいてきた。
「思っていたよりも早いですね。」
甲板に出した椅子から立ち上がり、サンナは大きく伸びをした。
「昔の船だったら、もっとかかってたかもねー。」
舵を取るエレジーナは蒼天を見上げた。
港を出て約二日。他の冒険者たちは既に活動を開始しているはずだ。
時間だけを見れば大きく出遅れている。しかし、東大陸へと向かった捜索者は他にいなかった。だから東大陸に限っては、自分たちが先駆者だ。
「で、ディブルのドコを捜すんですか?」
東大陸に複数の国があり、その中でもディブルは一番大きな国だ。
その広大な土地を当てもなく捜索するのは無謀であるとマカナは考えていた。
「とりあえず、お城に行こうかなーって思ってるよ。一応、領海の交渉を条件に船を借りたわけだしねー。六号ちゃんもそう思うよねー?」
「……。」
六号はいつも通り、その口を開かなかった。けれど、その顔色はいつもよりも悪い。船酔いしていた。
「もう少しで着くからねー。あ、あと私たちは普通の冒険者ってことにするから、そこのところ上手くやってねー。特にマカナくん。」
マカナはエレジーナに雇われただけの存在であり、彼女を一応上司と認識している。けれどその態度は普通の冒険者には似つかわしくない。
「了解。こんな感じでいいか?」
「うん。ばっちりだよ。」
どこで誰が見ているか分からない。だからこそ自然な態度が求められる。
「それじゃ、着岸するよー。しっかり掴まっててねー。」
「は?何で……?」
サンナが訊ねる前に船は着岸を開始した。
ガリガリと嫌な音がし揺れた気がしたが、それは気にしてはいけない。
「傷、付いたんじゃ……。」
「さぁ到着だよ。行こうかー。」
東大陸に位置する国家・ディブルに到着。
さぞかし異国情緒に溢れているかと思いきや、意外とレグヌムと雰囲気が変わらない。
勿論、異国らしい雰囲気もあるのだが、それにしては奇妙な雰囲気だ。
「ところでサンナちゃん、ディブルって言うとどんな感じの国かなー?」
「はい?ディブルって言うと……。」
たしかフォルフェクスが持っていた武器――刀がこの国の原産だったはずだ。
あとはエレジーナの持っていた手裏剣とかいう飛び道具も同じだったはず。
「……ん~…………。」
それ以外には何にも知らない。
サンナが回答に悩んでいると、代わりにマカナが口を開いた。
「温厚だけど、怒りの限界になったら暗殺者になって復讐するんです……だよな?」
「言葉遣いには気を付けてねー。で……変なイメージだねそれ。」
エレジーナに変と言われたらお終いだな。
サンナは密かにそう思った。
「まぁそのイメージもあながち間違ってないと思うけど……せっかくだから、観光しながら行こうかー。」