146:コロシアム
町の端にある石造りのコロシアム――そこには既に大勢の観客が集まっていた。
「短時間で、よくも集まったものだ。」
闘技場の舞台に立ち、ネモフィラは客席を見渡す。
あれからまだ小一時間しか経っていないというのに、満席に近い状況だ。当然、国王も見に来ている。
「それだけ、アギオスが人気ってことだよね。」
反対側に立ち、籠手の調整をしている彼女を見やる。
まだ幼さの残る彼女がこの国で一番強く、一番の人気がある。この現状を目の当たりにしても、中々信じられない事実だ。
その理由は簡単。細身で筋肉が付いているように見えないためだ。
アベリアやセプテムも細身だが、それ以上の細さである。
「――さて、そろそろ始めようか。」
そうこうしているうちに、アギオスがこちらに歩いてきた。
「国王を納得させるためだ。本気でいく。貴方たちも本気でかかってきてくれ。」
「いいけど……ホントにいいわけ?」
ラフマが疑うように問いかけた。
いくら国最強の存在でも、四人を同時に相手にするのは無理があると思える。
「勿論だとも。本気で貴方たちの強さを示さねば意味がないからな。回復魔法の使い手も来ているはずだ。死なせなければ何をしても良い、というルールでいこう。」
死人を蘇らせる魔法は存在しないが、傷を癒す魔法はある。それさえ確保出来ていれば、激しい勝負でも多少は無理が効く。
「――分かった。それでいくぞ。」
「うむ。決まりだな。では、私は反対側に戻る。合図は……誰かが行うだろう。」
……その辺の手筈は知らないんだ。
「で、ネモフィラくん。どういくんだい?」
アギオスの後ろ姿を見ながら、リコリスはそう訊いた。
「……奴の魔法は未知数だ。」
強盗の魔法を掻き消していたが、あれだけでは具体的にどういった魔法なのか分からない。
それを探るという意味でも、慎重に攻撃を仕掛ける必要がある。
「だから、まずは俺が炎をぶつける。」
「効かなかったら?」
「まず効かないだろうな。だから、お前たち三人がそれぞれ仕掛けろ。俺は牽制に回る。」
四人でそれぞれの得意な攻撃をすれば、どれかは有効なはずだ。
まずはその有効な攻撃を見つける。
「要は突っ込めってことでしょ?そーいうのなら任せとけって!」
「ええ、私たちに任せて!」
ラフマは基本的に単純だが、だからこそ未知を相手にしても臆することはない。
――各々の強みを出していけば……勝てる。
「観客の皆様!大変長らくお待たせしました。ただいまより、我が国の誇る至宝・聖人アギオス対西大陸から来た冒険者パーティとの試合を行います!」
こっちの紹介、テキトーだなぁ。
まぁ聖人と比べられちゃしょうがないよね。
「それでは……試合開始ィ!!」
「喰らえ!」
開幕と同時にネモフィラが劫火を放った。
前方が劫火に包まれ、それ以外に何も見えなくなる。ネモフィラの最高火力だ。
「え……本当に大丈夫?」
効かないのを前提とした攻撃だが、もし効いてしまっていたら……。
「……いや。」
――手ごたえがないな。
鉄杖を通して伝わる感触に重みがない。命中していない。なにより……。
「客の動揺がない。だから奴は――。」
炎を収めると、右手を前にかざしたアギオスが立っていた。
――無事か。やはりな。
「うむ。良い火力だ。昨日の奴とは明らかに違う。」
聖人は無傷。さらに余裕が感じ取れる。
「流石と言うべきか。やはり鍛えられている者の……おっと!」
アベリアが跳び出し、肉体強化のかかった拳を突き出した。
が……。
アギオスはそれを片手で軽く受け止めた。
「……えっ!?」
何気ない動作で止められ、アベリアは目を見開いた。
手加減したつもりはない。全力の一撃がこうもあっさり止められるものなのか。
「――初めて見る魔法だ。」
掴まれた拳にかかる力が強まっていく。
アベリアは危険を察知し退こうとしたが、アギオスの方が一瞬早かった。
物凄い力――己と同等の力で押され、アベリアは後方に勢いよく吹っ飛びコロシアムの壁に激突した。
「なっ!?大丈夫!?」
リコリスは慌てて駆け寄る。
かなり派手にぶつかったけど……。
「……え、ええ。平気よ。」
肉体強化の魔法によって、全身を強化している。これしきの衝撃では怪我にはならない。
「む?かなりの硬度だな。そして次は――。」
「あたしだ!」
ラフマが跳躍し、空中からその腕を、爪を振るった。
白い衝撃波が発生し、アギオスの身体を裂こうと襲いかかる。
「……。」
聖人はラフマを一瞬眺めた後、この試合で初めて大きく動いた。
前方へと駆け出し、衝撃波の下を掻い潜って敵陣へと切り込む。
――ラフマは無視するのか?
一番単純だし、後回しでも問題ないってことかな?
「なら、僕相手はどうするのかな?」
ナイフを引き抜き、リコリスが前に立ち塞がる。
「……。」
二刀流ではないのか?
リコリス腰にはまだ数本の鞘がある。だというのに抜いたのは一本のみ。
関係のないことだが。
アギオスが拳を固め、それを振ろうとした瞬間――。
「……ッ!」
リコリスの身体が半透明になり、拳がその身体をすり抜けた。
……魔法ではないな。特異体質か?
「……あんまり驚いてないね。」
幽霊を見る体験なんて早々ないと思うんだけど。
アギオスの背後に回ったところで実体化し、手に持つナイフを背中に突き刺す。
つもりだったが、ナイフは空を斬った。
聖人は右で出ながら回転し、ナイフを躱すと同時に腕を伸ばし、籠手でこめかみ目がけて腕を振るってきた。
「リコリス!」
「了解!」
ネモフィラの声を聞き、リコリスはその場から動かずに霊体化した。
その直後、劫火が再び聖人を襲った。