145:交渉
「昨晩、考えてみたのだが……。」
翌朝、アギオスがリコリスに話しかけた。
「ん?何をだい?」
どうでもいいけど、寝癖で髪がボサボサだよ。
「やはり、国に動いてもらうことが、一番手っ取り早いのだと思う。」
「そりゃあ……そうではあるんだけどね……。」
国が動けば人員も多く、尚且つ余計な手出しをする者――つまり外国から来た追手たちを追い払うことが出来るだろう。
そこだけ見ると魅力的に思える。
しかし、理由がどうであれ、フィカスが国から追われている立場であることに変わりはない。
その点がネックだ。この国がこちらにとって都合の良い方に動いてくれる保証はどこにもない。むしろレグヌム側と同じ思考をするかもしれない。
危険な賭けになる。だからやりたくない。
「悩む必要はない。私が直々に国王に掛け合おう。それならば、貴方たちにとって不都合なことばかりにはならないはずだ。」
「うーん……。」
「分かった。そこまで言うのなら、お前の言う通りにしよう。」
悩んでいると背後から声がした。
「ネモフィラくん?」
「現状のままでは、進展がない可能性もあり得る。ならば、動いてみるしかないだろう。それが……どう転ぶか分からなくともな。」
使えるコネは使うべきだ。必ず何かしら進展が得られるためだ。
それがネモフィラの見解だった。
「うん。私も……そう思うわ。」
「よく分かんないけど……出来ることはやっといた方がいいっしょ!」
皆の視線がリコリスに集まる。
やれやれ……僕はこういう立場の人じゃないんだけどなぁ……。
「分かった。アギオス……の言う通りにしよう。ネモフィラくん、指揮は頼むよ?」
「ふん……任せておけ。」
ネモフィラは頷き、ベッドの脇に立て掛けてあった鉄杖を掴む。
「城へと向かうぞ。」
「その前に朝食じゃないの?」
「ホテルの朝食は高い。町で適当に済ます。」
「えー!?」
ホテルの料理を楽しみにしていたラフマは不満たらたらだが、我が儘を口にする様子はなかった。何を一番に優先すべきか理解しているのだ。
町にあるカフェで軽く朝食を済ませ、いよいよ城に行くことに。
アギオスの案内のもと、パラディソスの城へとやって来た。深い堀で囲われており、吊り橋が城門へと掛けられている。
「何か……いる?」
水は透き通っているようだが、影が濃く水中が見えない。
ラフマが顔を近づけ目を凝らすが、何かが泳いでいることしか分からなかった。
「たしか……ワニか何かいたはずだ。」
「侵入されないためにってわけね。」
「うむ。犯罪は少ないが……念のために、ということなのだろう。」
アギオスが城門に近寄ると、番兵の人たちは快く門を開いてくれた。
何も言わなくても開けてくれたことから、顔パスであり深く信頼されていることが窺える。
「こちらだ。城内は複雑なため、迷いやすい。私から離れないようにしてくれ。」
いくつもの通路を歩き、曲がり、階段を上がり……。
「――あれ?」
行き止まりに辿り着いた。
「……ああ。あの通路を左だったか。」
アギオスはボソッとそう呟いた。
間違えたんだ。
来た廊下を戻り、とある分かれ道で別の道を選び螺旋階段を上がると――。
「ここが王の間だ。」
窓が多く、沢山の植物が飾られている。反面、装飾品などはほとんどない。レグヌム城とは対照的な部屋だ。
「おはようございます。国王様。」
「聖人か。こんな早くからどうした?」
……思ったよりも怖そうな人だなぁ。
国王への第一印象はこうだった。
がっしりした体躯と強面の男性。この人だけを見たら、とても楽園と呼ばれる国の王様には見えない。
「国の力をお借りしたいのです。この者たちの友人を捜していただきたい。」
アギオスは身体を斜にし、ネモフィラたちがよく見えるようにする。
「なに……?この者たちの……?」
「はい。」
国王は睨みつけるように四人を見る。
「それが一体、何の利益となり得るのだ?」
「それを証明しようと思い、この者たちを連れて参りました。」
「……どういうことだ?」
アギオスは自分の胸に手をかざす。
「自分とこの者たちとの試合を行います。それをご覧になれば、この者たちの実力――しいては捜し人の重要性も分かっていただけるでしょう。」
「――その捜し人とやらが、この国の利益に繫がると言うのか?」
「その通りです。」
自信満々に言ってるけど、詳しい事情は話してないよね……?
「強力な冒険者が国にいるということは、他国への圧力になる。以前、そうおっしゃっていましたよね?今回の件は、まさしくそれに繫がると確信しております。」
国王は顎髭をさすった。
「……聖人がそこまで言うのであれば、見せてもらおうか。」
「はい。では、闘技場に向かいますので、一旦失礼させていただきます。」
王の間から出て、螺旋階段を下り迷路のような廊下を歩く。
「……交渉は上手くいった。悪いが、手合わせといこうか。」