144:聖人
聖人か……それってつまり、この国で一番強いってことだよね。特別な称号を持っているわけだし。
リコリスは改めてアギオスを観察する。
……やっぱり、強そうには見えないなぁ。
「それでだが、その人捜しについてなら、私が国王に掛け合おうか?」
「いや……そこまではしなくていい……かな?」
たしかにそうした方が手っ取り早いだろうが、そうすることによって弊害も生まれる。
やるべきかやらないべきか……どちらが良いかは分からないが、分からないならやらない方が安全だ。
「そうか。では、他に私に何か出来ることはあるか?」
「あの……どうしてそこまで私たちに?」
「何かおかしいだろうか?」
アベリアの問いかけに、アギオスは不思議そうに首を傾げた。
「困っている者がいるなら手助けをする。それだけの話だ。」
ああ……そういうことか。
この少女にとって、人助けは当然のことであり、それに対する損得勘定がない。
だから聖人と呼ばれる存在になっているのだろう。
この人なら……。
「……僕たちのことを助けてくれないかな?」
詳しい事情は……本当のところが分からないから、僕たちはフィカスくんを捜している。
どうして国から追われる身になったのかを訊き出すためだ。
そこにもし……陰謀めいた何かがあったのなら、彼に協力して然るべきだ。その時が来ることを考えると、一人でも多くの仲間が欲しい。
「うむ。勿論助けよう。」
「ありがとう。」
――聖人と呼ばれる実力なら尚更だ。
「で、具体的には何をすれば良いのだ?」
「うん。まずは……換金だね。」
顔を上げて思い出した。
そもそも、銀行に来たのは換金するためだ。
「……?うむ。分かった。」
で、次は約束通りお菓子を露天商で買って、ついでに観光もして……。
この楽園と呼ばれる国を満喫し、遊び疲れた頃にはすっかり日も落ち、辺りは薄暗くなっていた。
「いや~疲れた疲れた!次はどこ行く?」
「ラフマは元気だねぇ。僕は疲れたから宿に行きたいな。」
「えー?夜には夜の何かがあるだろきっと。なのにもう宿?ねぇアベリア?」
「そうね~もっと遊んでもいいんじゃないかしら?」
体力お化けの二人に合わせていたら、こっちがもたないよ。
「ネモフィラくんも何か言ってよ?」
「ああ…………何故俺たちは普通に観光している!?ここに来た目的は何だ!?」
「あっ……。」
ラフマがしまったという顔をした。
完全に忘れてたな。
「そして誘っておいて放置するな!見ろ!」
アギオスは完全に飽きていた。ボーっとした表情をしている。
「……宿に行くぞ。今から捜すのは非効率だ。明日からはしっかりとやる。いいな?」
「はーい。」
気が付くと町には、観光客に混じって冒険者が増えてきていた。
レグヌムからやって来た追手の人々だろう。この状況で逃亡者が動き回るとも思えないし、休んでおくことが賢明な判断か。
アギオスに訊き、国でも屈指のホテルに泊まることに。
まぁお金はたっぷりあるし、贅沢もいいよね。
「おぉー綺麗な眺めだねー!」
「ええ。とても綺麗だわ……皆で見たかったな。」
最上階の部屋に決まり、そこからの夜景は綺麗の一言に尽きる。満点の星空と大きな月。そして人々の営みによる町灯り。
それら全てが合わさり、目に焼き付けたくなる夜景が生まれていた。
「アベリアさん……。」
離れ離れになったのは、やっぱり寂しいのかな。
「――事情は大体、ネモフィラから聞かせてもらった。」
「アギオスさん。」
聖人と呼ばれる少女が隣に並んだ。
「さん付けは止してくれ。私はそんな大層な存在ではない。」
……謙遜、だよね?
「……良い景色だな。平和が感じられる。」
「そういえば、どうしてアギオスは聖人って呼ばれてるの?」
「……そうだな。共に同じ目的を持ったのだ。互いのことを知るのは大切だ。」
アギオスは窓の夜景から目を逸らし、そのまま歩くとベッドに腰をかけた。
「長くなるかもしれん。」
そう前置きをした。
やはり苦労の連続の末に、今の地位を手に入れたということか。
皆、同様にベッドに腰をかけ、彼女の話を待つ。
「……では話そう。そもそも私という人間は、常に自分の正義に従って生きている。」
――その正義とは、悪行を滅すること。
聖人はそう言った。
「無論、悪とは何か、正義とは何か、見解によってそれは大きく左右される。だが私は、自分の中でそれを判断し、悪と見做した場合には武力を施行してきた。」
他人から見たら、その正義もどこか間違っているように見えるかもしれない。
だから、他人の正義を気にしてはいけない。己の信念が、正義が揺らいでしまうためだ。
「どんな状況でも常に己の正義に従う。それを私は繰り返してきた。そうしたら、聖人と呼ばれるようになっていた。」
そこまで言ってアギオスは口を閉じた。
「……。」
沈黙が続く。
「…………あの?」
どうして何も喋らないのか?
「……ん?以上で終わりだが?」
「短い!」
想像していたよりも話が短い!あの前置きは何だったのか?
「うむ。長くなかったな。」
ああ……やっぱり……。
この人、少しヘンだ。