143:強盗
「あぁっ!?何だてめぇ!ガキが舐めたこと言ってんじゃねぇぞ!?」
不味いな……。
リコリスは内心焦りを感じた。
この茶髪の少女は正義感から行動に出たのだろうが、体格差的に敵うとは思えない。
セプテムちゃんと同じくらいの体格かな……顔立ちも幼い。同い年……いや、年下か。
「舐めてなどいない。私はいつだって本気で……正直に生きているつもりだ。」
いや、そういう意味で言ってるんじゃないと思うけど。
「君、ここは僕たちが何とかするから……。」
「おっと!周りの奴ら!少しでも動いてみろ!このガキが死ぬぜ?」
「くっ……!」
この少女が人質のようになってしまった。
どうする……?
ラフマ……は厳しいか。アベリアさんなら反応される前に攻撃出来るか?それともネモフィラくんの炎魔法か?
「諸君、私のために動く必要はない。私のことは私が何とかしよう。」
「……どうする?」
こっそりと仲間に問いかける。この状況を打開出来る案が欲しい。
「隙を見て俺が魔法で……。」
「待って。」
アベリアがネモフィラの言葉を遮る。
「何だ?」
「あの子……冒険者なんじゃないかしら?」
たしかに他の人たちとは少し恰好が違う。
肌の露出が多く、水着のような服を着ている。ミニスカートと籠手が何だか異様だ。
「かもだけど……だからと言って……。」
強そうには見えない。
肩のラインまで伸びた真っ直ぐな茶髪と白い肌。良いとこのお嬢様といった雰囲気だ。
「うん。強そうな感じじゃないし……ん?」
ラフマが怪訝な顔で周囲を見渡した。
「どうしたんだい?」
「いや……なんか皆、落ち着いてるなーって。」
「えっ?」
たしかに、周囲の人々は強盗への脅威を多少は感じている様子だが、特に危機感を持っているようには見えない。
楽園と呼ばれる落ち着いた国柄でも、この場面でそれはおかしい。
「――先に聞いておこう。貴方はその魔法を誰かのために使う気はないのか?」
「ないに決まってるだろ!この国がとろいって聞いたから来ただけだ!」
「……ふむ。そうか。なら仕方あるまい。悪は成敗せねばならんからな。」
少女は一歩前に出た。
それを見て周囲の人々が騒めく。
「くるぞ……!」
「ああ……!久々に……!」
信頼……期待かな?
少女が勝つことを信じており、それでいて楽しんでいるかのようにさえ思える。
そんな反応だ。
「――では、どこからでもかかってこい。」
そう言って少女は無造作に歩き始めた。
「え……?」
エレジーナのとは違う。本当に無造作なだけだ。ワザと隙を見せているとか、そう思わせる演技とかではない。
武闘家のアベリアにしてみれば、異常とまで思える行動だ。
「このッ……ガキが調子乗ってんじゃねぇー!」
強盗の男は苛ついた声で怒鳴り、左手を少女にかざした。
「おい!」
ネモフィラが叫んだ直後、炎が放たれ少女を包んだ。
「うむ……まぁその……そこそこの火力だな。」
少女は無傷だった。
なぜなら、少女に当たった炎が跡形もなく消えていくからだ。
「おぉ!流石、聖人様だ!」
周囲からそんな声がした。
「な、何なんだお前は!?」
魔法が効かない。
そんな相手を目の当たりにし、強盗は怯えの混じった問いかけをした。
「人間だ。見て分かると思うが。」
だから、そういう意味の質問じゃないと思う。
「まぁ今は私のことはどうでもいいのだ。」
「こ……このー!」
魔法を止め、強盗はナイフで斬りかかった。
「ふんっ!」
それを少女は籠手で受け止め、左に払うとともに手首を掴み、グッと握りしめた。
強い衝撃により手は開かれ、ナイフが地面へと落ちる。
手首を掴んだ状態のまま少女はその腕を引き、同時に足払いを行い強盗を素早く地に叩きつけた。
「ぐがっ!」
おして背中を踏み、腕を引いて動きを押さえる。
「これで良し……さて誰か、兵士を呼んでくれ。この男を引き渡そう。」
「強いな……。」
やって来た兵士に強盗を引き渡す少女を見て、ネモフィラはそう呟いた。
今の体術……動きこそ派手さはないが、あまりにも滑らかな動きだった。それは一朝一夕に出せるものではない。
「あ、待って!」
この場を立ち去ろうとした少女をアベリアが呼び止める。
「む?貴方たちは……?」
少女は立ち止まり、こちらに向かって来ながら首を傾げた。
「……すまないが、顔を覚えていない。どこかで会っただろうか?」
「いえ、私たちとは初対面よ。」
「ああ、そうであったか。それは失礼した。それで、私に何か用か?」
……変わった子だな。
リコリスは改めてそう思った。
しっかりしているようで、どこかズレている。まぁ身の回りに変人が多いから、そんなに気にならないというか、おかしく感じないんだけどさ。
「私たち、ある人を捜しているの。金髪の男の子なんだけど……。」
「金髪か。観光客にはそういう髪の者もいると思うが……特定は難しいだろう。……自己紹介をしていなかった。」
思い出したようにお辞儀をした。
太陽の光を浴び、少女の茶髪がキラキラと輝く。
「私の名はアギオス。この国で聖人と呼ばれている者だ。」