142:南大陸
「あー……ここが楽園か。」
南大陸に位置する国・パラディソス。
そこは地上の楽園と呼ばれる国であり、豊穣な土地と穏やかな気候、それによって生まれた様々な美食と文化を持つ。
船によってそこに来たアベリアたちはふかふかな地面を踏みしめ、華やかな海岸を歩き始めていた。
「いや~楽しい雰囲気のところだね。」
「そうね~。楽園って言うのも納得だわ。」
黄色やピンクの花があちこちに咲いている。先に見える町は綺麗な白一色。余所では見られない美しい景色だ。
空を見上げれば満天の青空とまばゆい太陽。
「あっつ……早く行こ。」
国の景観に喜ぶアベリアとリコリスとは対照的に、テンションの低いラフマ。彼女は暑いのが苦手なのだ。
「まぁたしかに……暑いね。」
レグヌムの暑さとは少し違う、肌に突き刺さるような暑さだ。
「さっさと町に行くぞ。船も放置しておくわけにはいかないからな。」
「はいはい。じゃあ行こうか。」
リーダーのネモフィラに従い、パーティは白い砂浜を踏み、透き通った海をバックに歩きだした。
「にしても……モンスターが全然いないんだね。」
今のところ、花々に集まる綺麗な虫しか見ていない。遠くにはこれまた綺麗な羽を持った小鳥が見えるが、そういった動物だけだ。魔物の姿はない。
「流石にこの国の事情は分からんが……あまり魔物が生息していない地域なのだろう。だが油断はするな。」
「ネモフィラくんは固いなぁ……楽園に来たっていうんだから、もう少しリラックスしたら?」
「お前は気を抜きすぎだ。リコリス。」
「……うふふ。」
アベリアは二人のやり取りに密かに笑った。
この数日でこのパーティがどういうものなのか、何となくだが分かってきた。
「ほら~暑いんだから早く行こうよー!」
「ラフマはもう少し落ち着け。犬か。」
「半分は犬です~!」
この人たちは反りが合わないように見受けられて、冗談を言い合える仲だ。
なんか羨ましいな……。
ここまでの信頼と友好の関係性を持つことは簡単には出来ない。自分たちとは少し違った関係性に、憧れを密かに抱いてしまう。
「……?アベリアさん、どうかした?」
「……ううん。何でもないわ。」
「そっか。ならいいけど……おっ。見えてきたね。」
リコリスが前方を指差した。
白い石で造られたアーチが見える。どうやらそこが町の入り口になっているらしい。
「……なんかの良い匂い!」
ラフマが鼻をクンクンと動かした。
「え?匂いなんてしないけど……?」
その動作を見て、アベリアも深く呼吸をしてみるが、それらしき匂いは感じられない。
「ワンちゃんと比べるとねー。」
「ワンちゃんじゃなくて、ワーウルフのハーフ!」
町に入ってみると、多くの露天商と人々が道路にいた。
露天商にはお菓子を売っているところもある。ラフマはその匂いに反応したらしい。
「わぁー美味しそ!ねぇネモフィラ、買ってもいいよね?」
「金がないだろう?先に銀行だ。」
「あっそうか。じゃあ銀行の後に来よ!」
「そうね~私も食べてみたいわ。」
ネモフィラは何か言おうとしたが、少女二人の様子を見て溜め息を吐いた。
「……用事を済ませてからだからな。」
アベリアが加入したことで雰囲気が穏やかになったのはいいが、脱線しやすくなったという欠点が見えてきた。
「まぁまぁネモフィラくん。これは良いことだよ?」
「……かもしれないが。」
この緊張感の無さが実戦にまで影響を及ぼすと拙い。
国の状況を考えると、こう穏やかでいれらるのは良いことなのだが……。
「何かあった時は……まぁネモフィラくんに頑張ってもらうから。」
「お前も頑張れ。俺一人に押し付けるなよ。」
「…………分かってるよ。」
何だその間は?
「まぁ冗談はこれくらいにして、お二人さん。先に行くよ?」
「はーい!」
町の人に銀行の場所を尋ね、そこに向かって進む。
この気候のためか、楽園という国がそうさせているのか、人々は皆薄着だ。
しっかりと服を着るネモフィラにしてみたら、異様とも言える光景だ。
「町全体が落ち着いているっていうか、のんびりしてるよね。」
大勢の人々が行き交っていたり露天商が出ていたりと、賑わいはレグヌム以上と言ってもいい。けれど、騒がしさや忙しなさは感じられない。
「オラー!金を出せー!」
近くからそんな怒鳴り声が聞こえた。
「……どこがのんびりしてるって?」
「いや、今のはイレギュラーだから。」
からかうような視線を向けてきたラフマにそう言い、声がした方に行ってみる。
そこは銀行らしき場所で、ナイフを持った男性がそこにいた。
「強盗か。」
「みたいだね。外国人かな?」
地上の楽園と呼ばれる国で、こんな野蛮な行為をする者はそう現れないだろう。そう考えると、犯罪目的でやって来た者と考える方が妥当だ。
「おい見てる奴ら!俺は炎魔法が使えるんだ。手出しはしない方がいいぜ?」
ネモフィラくんと同じ魔法か。まぁこんなちゃちな奴には負けないだろうし、さっさとやっつけて……。
「ほう。それは良き才能だ。それを別のことに生かすべきではなかろうか?」
凛とした声の女性が、そう言って強盗の男へと近づいていった。