140:話し合い
舌打ちをした後、ドゥーフは短く息を吐いた。
「……今回は俺の負けにしといてやる。」
「何よその言い方は?」
「殺さない勝負だったからな。殺しアリだったら俺が勝つに決まってるだろ。調子乗んなよ。」
――あの野郎。
着地を決めたフィカスを見つめる。
セプテムが派手な攻撃で注意を引きつけ、エヌマエルと連携している間に風魔法で上空に行っていたのか。それで死角から――意識の外から奇襲をした。
言葉にすると単純だが、実行するとなるとそうはいかない。
相手に気付かせないタイミングの取り方、空中でのバランス感覚……その他諸々が揃っていないと出来ない芸当だ。
「ハッ!やるじゃねぇか。気に入ったぜ。」
ドゥーフはフィカスに近寄り、手を差し伸べる。
「てめぇらに協力してやるよ。ありがたく思え。」
「あ、うん……ありがとう……。」
協力してくれるのはありがたいんだけど、言い方が言い方だけに素直に喜べないなぁ……。
でも、賢者と呼ばれる彼が協力してくれるのは頼もしい。
「さて、町に戻るぞ。」
町に帰ってくると、往来する人々が増えてきていた。町が起きだしたのだろう。
泊まっていた宿に入り、部屋のドアを閉めたところでドゥーフが切り出した。
「――まず、てめぇらは追われているんだな?」
「ええ。逆賊扱いのはずよ。」
……そんなに物騒な話だったんですか?
エヌマエルはそう思ったが、口を挟むのは止しておいた。
「港はここにはねぇ。だから追手が来るとしても、もう少しかかるはずだ。で、その間にてめぇらは何をしたい?」
追手が町に溢れかえれば、身動きが取れなくなる。そうなる前に、出来ることはやっておくべきだ。
「と言ってもねぇ……。」
逃げることが最優先であって、この先どうするかを深く考えたことはなかった。考える暇がなかった。そのため、これからのことは定まっていない。
「……計画ゼロかよ。よくもまぁ、そんなんで逃げる気になったもんだ。」
「うるさいわね。実際、それで逃げ延びてるんだからいいのよ。」
追手が来ることは分かっていたし、増えれば自由に歩けなくなることも分かっていた。だが、それを理解していたところで、何か出来たわけではない。
「城があるってことは、やっぱり冒険者も来やすいの?」
「ああ。国で一番デカイ町ってのは、色々と人を呼ぶからな。うぜぇもんだ。」
恐らく、自由に動ける時間はあと僅か。
となると、この場に留まることはよくないか……。
「来たばかりだけど、移動しよう。」
「まぁ……そうだけど、ちょっと早いんじゃないかしら?」
このまま留まり続け、いないと判断され追手がいなくなるのを待つという選択肢もある。
フィカスの判断は早計とも言える。
「うん……かもしれない。でも、何というか……。」
嫌な感じがした。
このままだと、誰かに行動を読まれて見つかるような気がする。
「……直感ですか?なら私はそれを信じますよ!」
「だとしてもよ。もう少し何かやっておくべきよ。」
先手を打つことは大事だが、休養も大事だ。
焦って動いてばかりいては、摩耗していくだけだ。
「――とりあえず、城に行くか。」
黙ってやり取りを見ていたドゥーフが、そうポツリと呟いた。
「は?城に?」
「ああ。勇者とその仲間なんだろ?いい待遇が受けられると思うぜ。」
候補よ、とセプテムは訂正した。
「ていうかあんた、城に行ける身分なわけ?」
「当たり前だろ。この国で最強は俺だぜ?」
この態度があるから疑ってんのよ。
この口の悪いのが賢者だなんて、この国は大丈夫なのかしら?
「反対意見がないってのなら、城に行くぞ。」
宿を出て城への道路を進む。
往来の視線はドゥーフによく寄せられた。
賢者への尊敬の視線もあったのだろうが、それ以上に悪い雰囲気のものが寄せられていた気がした。
「……ねぇ。ドゥーフは正義って何だと思う?」
道中、フィカスはそう尋ねた。
「正義?んなもん、強さに決まってるだろ。」
そうあっさりと返事がきた。
「誰が何と言おうと、強い奴が絶対なんだよ。どんな理想言ったって、弱者の言葉だったら誰にも届かない。だから強さが正義だ。」
だから俺は正義そのものだ。
とドゥーフは付け加えた。
「あんたが正義ってのは疑問があるけど……言い分は分かったわ。たしかにそうなのよねぇ。」
怪盗シャドウも勝っているからこそ、それを正義とみなすことも出来た。あれで弱かったら、ただのこそ泥に過ぎない。
強いからこそ、その信念に意味がある。
「強さ……か……。」
スクォーラさんだったら、何て答えたかな?
まだフィカスは正義とは何か、堂々と言える言葉を持ち合わせていない。
「着いたぜ。ここがフェルティ城だ。おい、ここを通せ!」
悩んでいるうちに、いつの間にか到着していた。
「な、お前は……賢者ドゥーフか!くそっ……ほら通れ!」
悔しそうな顔をしながら番兵は門を開けてくれた。
「ハッ……ご苦労さん。」
「ぐっ……!」
「……ホント嫌われてんのね、あんた。」
「嫌われてねぇ。嫉妬だあれは。」
まぁ嫉妬の態度でもあったのかもしれないけど、絶対嫌われてる。断言出来る。
「まぁんなことはどうでもいいんだよ。さっさと王に会うぞ。」