136:邂逅
沢山の人の笑い声、食べ物と酒の匂い――。
ギルドは賑わい、とても明るい雰囲気のものだった。
「……なんか、ちょっと意外ね。」
「……うん。」
ここまで賑わっているギルドは初めて見た。まるで宴をやっているかのような雰囲気だ。
入り口から見渡してみると、一番奥に受付らしき場所を発見した。
「いや~楽しい雰囲気ですね~!」
「そう?」
エヌマエルとは対照的にテンションの低いセプテム。
騒がしいのはあまり好まないのだ。
「賢者様~ぜひこれを飲んでくださ~い。」
「待ってよ!私が先よ~!」
奥へと進む最中、あるテーブルからそのような声が聞こえてきた。
そちらに視線をやると、数人の女性が一人の男の前に座り、我先にとばかりにグラスを差し出していた。
「……ああいうのもいるわけね。」
セプテムは半眼になってそのテーブルを見た。
モテる男はツライ、というやつだろう。
「……ハッ!つまんねぇことしてくれるじゃねぇか!」
だが、その男はそう言ってグラスを全て床に叩き落とした。
「えっ!?」
男は立ち上がる。
「何だその顔は?この俺が気が付かないとでも思ったか、クソども?もっとましな手を考えるんだなクズどもが!」
――こいつ……。
あの飲み物の中に、何か毒でも入っていたか。
もしそうだとしたら、あの男は最初からそれを見破っていたことになる。
「……とんでもない奴ね……。」
「ったく……暇つぶしになるかと思ったのによ……あ?何見てんだ?」
男がこちらを向いた。
「……別に。何でもないわよ。」
あまり関わらない方が良い。
そう判断し、すぐさま立ち去ろうとしたのだが――。
「待てよ。お前ら、見かけない顔だな。」
「……。」
「俺は記憶力が良いんだ。このクズどもみてぇな奴が出てくるからな。で、その俺の記憶にないってなると、余所者ってことになる。当たってんだろ?」
……傲慢だ。この人。
フィカスはそう思った。
ギルドにいるということは冒険者。その冒険者がこれほどまでの態度を取れているのだから、相当の実力を擁していることになる。
「……ええ。私たちは海外から来たわ。稼ぎにね。」
「そういうことか。まぁ座れよ。話を聞いてやるからよ。オラどけクズども!」
女性たちを乱暴にどかし、男は席に着いた。
「……どうするんですか?」
エヌマエルがフィカスにそう耳打ちした。
「……座ろうか。」
ここでどうこうしても仕方がない。ここは素直に言うことを聞いた方が良い。
そう考え、フィカスは男の正面の席に座った。
「……。」
それを見て、セプテムとエヌマエルはそれぞれフィカスを挟むように座った。
「で、どこから来たんだ?」
「僕たちは……レグヌムから来た。」
少し迷い、正直に言うことにした。
青に一筋の白が入った髪の男は、自身の顎に手を当てた。
「レグヌム……?……西大陸の……勇者と呼ばれる男がいる国か。」
この国にも知られているのか、スクォーラさんは。
やっぱり凄い存在だったんだ。
「そこからわざわざ来るってのは、どういう了見だ?」
「勇者の問題があったのよ。」
「……続けろ。」
男の目つきが変わった。
「彼――フィカスが次の勇者の候補なんだけど、それを国王が良くないと思っているの。」
「へぇ……。」
男はジロジロとフィカスを見る。
「それで、何かされる前に逃げてきたってことか?」
「そういうことよ。」
「そういうことだったんですね~……。」
そういえば、エヌマエルも詳しい事情は知らないんだった。
男は黙り込み、何か考えている。
沈黙がしばらく続き、やがて男はゆっくりと口を開いた。
「――よし。今日は俺が面倒を見てやるよ。どうぜアテはないんだろ?」
「そうだけど……どういう意味よ?」
――一々ムカつくわね、こいつ。
「日も暮れている。宿代くらい出してやるよ。」
「おおー!それはありがたいです!」
「だが――。」
男は人差し指を立てた。
「条件がある。明日、この俺と勝負しろ。」
「――どうして?」
「この国で――この大陸で一番強いのは俺だ。だが、俺はそこに収まるほど小せぇ器じゃねぇ。この世界で最強――それが俺だ。それを証明する。お前らはその生贄だ。」
言い方はアレだが、冗談で言っているのではない。
要は試したいのだろう。勇者候補のその実力を。
「――分かった。その勝負、受けるよ。」
「――決まりだな。明日の朝、ここに来い。これが金だ、ほらよ。」
乱暴に通貨をテーブルに投げ、男は立ち上がった。
「待って!あんた、名前は?」
「ドゥーフ。賢者ドゥーフだ。」
そう言って男は去っていった。
「……ふぅ。怖い人でしたね。」
「……そうね。」
賢者という職業は存在しないはず。
あの肩書――国から授けられたものだろう。勇者と同じく。
つまり、あの男はスクォーラと同格。
万全のパーティならまだしも、この三人では厳しい相手だ。
「これは……早々に厄介なことに巻き込まれたものね。」
セプテムの呟きは、ギルドの賑わいに掻き消された。