135:渡航
「……船?」
「そう。船を創ってもらうわ。」
セプテムは頷き、目の前に広がる海を指差した。
その先には微かに陸が見える。
「向こうに行くには、それなりの船が必要よ。」
「でも、僕は船を見たことがないから、想像出来ないよ?」
「……それもそうね。どうしようかしら。」
山間の農村で育ったフィカスは海を見たことがなかった。当然、船を見たこともない。
「はいはーい!」
悩んでいると、エヌマエルが元気よく手を挙げた。
「何よ?」
「私、船の絵を描きます!それを元にフィカスさんに創ってもらうのはどうでしょう?」
良いアイデアだけど……何に描いてもらうかよね。
荷物に落書きするのは嫌だし……って別にそんな必要はないか。
「じゃあフィカス、まずは紙とペンを創造して。」
「うん。」
エヌマエルの手元に紙とペンがある……。
集中してそう想像すると、実物がそこに創造された。
「……何か違くないですか?」
「そう……?絵の通りに想像したんだけど。」
エヌマエルに船の絵を描いてもらい、それを元に創造したわけだが……。
どこかバランスがおかしい。
「絵が下手ってことでしょ。まぁ私の風魔法で動かすから、人が乗れればそれで良いのよ。」
「なるほど~……私の絵が下手っ!?」
「一人で漫才してないで、ほら乗って。」
風で浮かせ水面まで運び、その上に足を乗せてみる。
「……わっと。」
かなり揺れる。片足だけでこの揺れだ。三人で乗ったら転覆しそうだ。
「バランスは……こんなもんかしら?」
風を左右から当てて、船が真っ直ぐになるよう調整する。
「大丈夫ですよ!」
その証拠とばかりに、エヌマエルは船上でジャンプして見せた。
「はいはい。それじゃ、出航するわよ。」
風を後部から放ち、船を前へと動かしていく。
――かなり疲れそうね。これ。
「ねぇ……あの布って何で付いているの?」
フィカスが頭上にある帆を指差した。
「ああ……それで風を受けて進んでいくのよ。普通の船は。」
セプテムは両手を前に出し、後部から視線を逸らさずそう返事をした。
一般的な船では重要な帆だが、この船に限って言えば必要のない部分だろう。
「ねぇ……陸までどのくらい?」
ずっと魔法を使い続けることに疲れてきた。
出来ることなら休憩したいが、この船で風を止めてしまえばたちまち沈没してしまう。
「まだかなり遠いですよ。」
「……そうよね。」
出航した土地から、まだそんなに離れていない。考えれば分かることだが、意識してしまうと余計に辛くなってくる。
「セプテムさん、こういう時は気合で乗り切るんです!もっと!熱くなれぇっ!です!!」
「うるさい。」
「はい。」
それから、セプテムは風の出力を上げ、かなりのハイペースで船は進み続けた。
そして――。
「よ、ようやく着いた……。」
北大陸に到着する頃、セプテムはくたくたになっていた。
「お疲れさま。」
フィカスが肩を貸し、安定している陸へと降り立つ。
船の揺れている感覚も面白いけど、やっぱりしっかりとした地面の方がしっくりくる。
「君たち……どこから来たんだ?」
その場にいたであろう冒険者たちが集まって来た。
後方には魔物の群れの死体がある。この人たちがやっつけたんだろうか?
「僕たちは向こうの……。」
そう言いながら振り向くと、沈んでいく船の背景には霧ばかりだった。
こっちからだと見えないんだ……。
「……私たちは西大陸から来たのよ。町はどこかしら?」
「具合が悪そうだな……!よし!俺たちが案内しよう!こっちだ!」
親切にもこの人たちは案内をしてくれるようだ。
肌寒い気候の中、針葉樹の森を歩き固い地面を踏んで進んでいくと、やがて大きな町に行き着いた。奥には城らしきものが見える。
「ここが城下町のフェルティだ。で、宿は向こうに……。」
宿、と聞いてエヌマエルが声を上げた。
「あっ!私たち、この国のお金を持ってません!」
「そうか……それは困ったな。俺たちも貸せるほど余裕はないし……。」
「なら、ギルドで稼ぐしかないわね。」
フィカスから離れ、セプテムがそう言った。
「嬢ちゃん、もう大丈夫なのか?」
「ええ。平気よ。」
「そうか……ってそこじゃない。ギルドで稼ぐって……言うほど簡単じゃないぞ?」
「その点に関しては問題ないわ。」
こちらが冒険者に見えないからこその心配なんだろうけど、それはお節介みたいなものよ。
私とフィカスがいれば、大抵のクエストはこなせる。エヌマエルがいるのが、ちょっと心配だけど……まぁ大丈夫でしょう。
「クエストの経験はあるから、ギルドに案内してくれる?」
「そ、そうか。そう言うなら……。」
ギルドに向かう途中、周囲に視線をやってみると、レグヌム周辺とは雰囲気が異なることに気付いた。
まず、屋根がどれも急な角度だ。それと、遠目で分かり辛いが、窓やドアが二重になっている。
「ここがギルドだ。でも、今は入らない方がいいかもしれない。」
「いや、時間的にはもういないんじゃないか?」
「他に用がなければ、の話だろそれは?」
何やら話し合っている。
内容から察するに、危険人物でもいるようだ。
「あ、大丈夫ですから。」
「そうか?まぁ奴には気を付けてくれ。」
そう言って冒険者の人たちは去っていった。
「奴って誰でしょう?」
「さぁ?会えば分かるんじゃない?」
新たなギルドへの扉が今、開かれた。