132:港町
町に到着すると、入り口付近で馬車は停車した。
町中から好奇心の視線が送られる中、サンナたちは馬車を降りた。
「俺はここで待機してるんで、三人は交渉の方をお願いします。」
「はいはーい。任せてねー。」
留守番をマカナに任せ、三人は見知らぬ町の散策を開始する。
港町だけあって風が強く、建物のあちこちに魚が吊るされている。
「で、どこに向かいますか?」
「んー……とりあえず、一番大きな家に行こう。」
どの建物がどんな建物なのか分からない。けれど、偉い人ならば当然大きな家に住むだろう。
そんな推理とは言えない推理のもと、一行はあちこちを見渡し始めた。
「あの、町長の家はどこでしょうか?」
それにじれったいと感じたのか、サンナが通行人にそう尋ねた。
「ああ、それなら――。」
通行人が指差したのは、赤い屋根の大きな家。
アベリアの屋敷ほどではないが、普通の家よりも大分大きな家だ。
「サンナちゃんって、効率重視だよねー。」
「省けることは省いた方が楽ですから。」
町長の家に到着し窓から中を覗いてみると、数人で集まっている様子だ。
「……何かの会議でしょうか?」
「……悪い作戦には見えないね。何かに悩んでいるって感じかなー?」
さも当然のように盗み見するアサシン三人。当然ながら一般人は、窓から盗み見してから訪問するなどしない。
「声までは聞き取れないからねー……まぁ入ってみようかー。ごめんくださーい。」
ドアをノックすると、すぐに開いた。
中から使用人と思われる女性が顔を覗かせる。
「冒険者でーす。お困り事がおありでしたら、ぜひ私たちを頼ってください。」
「ああ、国の……どうぞ、お入りください。」
意外とあっさり通してくれた。これも普通に見える服を着ている効果か。
しかし、こちらの言い分をこうも信用するとは、警戒心が薄いというか平和ボケしているというか……。まぁそれのおかげで入れたのだから、ここでは文句を言わないことにしておこう。
「旦那様、冒険者の方々がお見えです。」
「おお……良い時に来てくれた。」
町長は丸々と太った、気の良さそうな男性だった。
「口ぶりからして、何かお悩みでも?」
……よくもまぁ、とぼけることが出来るものだ。
覗いていたとは思えないような自然な態度のエレジーナに、サンナは心中呆れていた。
演技であるとは分かっているが、分かっているからこそ妙な気分になる。
「ああ。実は漁獲範囲の話でな。向こうの国から圧力をかけられているんだ。」
港町にとって重要なことは、海のどこまでの範囲を領海として良いかだ。その範囲が広ければ広いほど大漁が狙え、儲けることが出来る。
逆に如何に目の前に海があろうとも、領海が狭ければ満足に漁も出来ず赤字になる。
もしその範囲を超えてしまえば罪となり、制裁を受けることとなる。
「国と言うと……南にある……。」
「いや、そっちではなく、東の方だ。南の方は漁に興味がないからな。問題にはならんよ。」
南大陸にある国――パラディソスは漁業に対する関心が薄い。そのため、距離的にはそれほど離れているわけではないが、領海で揉めることはない。
しかし、東にある大陸の国――ディブルは違う。多様性に富んだ国であり、同時に貪欲さも持ち合わせている。多くの文化が混じり合ったからこそ、多くのルールや考え方が生まれ、それが国力へと繫がっている。
「東はここからだと、かなり遠いですよね?それなのに、ですか?」
「ああ。前にも一度、領海を広げると言われたことがあったんだ。その時はレグヌムの王様が向こうと対談して、こっちが譲歩することになったんだが……今回もとなると、厳しいところがある。国に連絡はしたんだが、返事はまだないようだし……。」
レグヌム城は現在、混乱状態にある。この町にとっては重要な問題でも、国はそれに構っている余裕がないのだろう。
だが、この話をチャンスに変えれば良いだけのことだ。
「分かりました。では、私たちがディブルに行って交渉をしてきましょう。」
「おお……!それは本当か!?」
「ちょっと、エレジーナ!?」
サンナはエレジーナに耳打ちする。
「そんなクエストを受けてる余裕はないですよ。どういうつもりですか?」
「何言ってるのさ、サンナちゃん。」
船を借りて外国に行くことが出来る。これだけで大きな進展だ。さらに交渉を成功させた報酬として、しばらく船を借りることも可能となるだろう。
「寄り道に見えても、長い目で見れば近道になるよ。それに、フィーくんのことを聞く機会でもある。受けない理由はないよ。」
「……。」
エレジーナの言い分に反論は出来ない。けれど不安はある。
相手は国だ。交渉がそう易々と通るとは思えない。
「では、東に行くための船を貸していただけませんか?出来れば馬車が乗れるような。」
「おお、任せておけ。町で一番大きな船を貸そう。」
ちゃっかり馬車を乗せられる船を借りることに成功。
「さ、六号ちゃん、サンナちゃん。マカナくんのところに戻ったら、早速旅立とうかー。」