131:馬車
馬車は軽快に草原を駆け、大陸の南端を目指していた。
「あ、そうだサンナちゃん。」
馬を操るマカナの背中越しに景色を見ていたサンナは、エレジーナに呼びかけられ振り向いた。
「何ですか?」
「渡すの忘れてたよ。はいコレ。」
荷物を入れた大きな袋から服を取り出してきた。
見る限り、ただの普通の服に見える。
「……何ですか?これ?」
「私たちが着ているものと同じなんだけどねー。破れにくい素材で出来てるから、役に立つと思うよー。それにアサシンの服だと目立つからね、普通っぽい見た目にしてみたよ。」
「……なるほど。」
エレジーナたち三人が普通の服を珍しく着ていると思ったら、そういう理由があったのか。
手渡された服を観察してみる。
――手触りは良い。中々高価な代物のようだ。
けれど……。
「……何でスカート何ですか?」
マカナは当然として、エレジーナも六号もズボンを穿いている。自分だけスカートというのは納得がいかない。
「サンナちゃんには、スカートの方が似合うと思ったからだよー。あ、他の服はないから、それを着ないとダメだよー?」
「……着ない場合、どうなりますか?」
「……全裸になるか、馬車を降りてもらうしかないね。」
……最初から選択肢はなかったということか。
まぁ薄々分かっていたことだし、この天使にとやかく言っても仕方がない。こういう人なのだから。
「分かりました。着替えますよ。」
「それでこそサンナちゃんだよ。マカナくん、振り向いちゃダメだよー。」
「うす。ところでエレジーナ。」
マカナは前を向いたまま、雇い主に尋ねる。
背後から微かに布の動く音がする。着替えている最中だろう。
「なぁに?」
「南の方に行くって言ってましたけど、実際どこまで行くんですか?」
「ああ……そのことね。」
目の前で着替えているサンナを観察しつつ、エレジーナは頭の中に地図を思い浮かべる。
「港まで行って、そのまま南大陸に行こうと思ってるよー。」
「ジロジロ見ないでください。」
「見てないっての。……海を渡るってことですか?ていうか何で?」
「逃げるとしたら、海の向こうが安全なんじゃないかなーって思って。」
「マカナに言ったんじゃありません。エレジーナに言ったんです。」
「……。」
ごちゃごちゃしてきた会話の様子を傍から眺め、六号ことウルミは呆れていた。
「……船はどうするんですか?」
ふと思いついた疑問をマカナはエレジーナにぶつけた。
馬車を港が預かってくれるかも分からないのに、都合よく船を見繕うなんて出来るだろうか?
「……港だからねー。多分あるんじゃないかなー?」
「……そっすか。」
ノープランってわけか。
そもそも、馬車を他所に預けるってことが危険だ。盗まれる可能性が高い。ならば、馬車を収納出来るほどの大きな船が欲しい。
もし港にあったとして、どうやって手に入れる?
マカナは今後の予定を頭の中に巡らせる。
「――着替え終わりましたよ。どうですか?」
「おー似合ってるよ。マカナくんもそう思うよね。」
「あーそうっすね。似合ってます。」
「見てから言おうねー。」
エレジーナの台詞を聞き流し、遠方に視線を動かす。
……あれか。
町が見えてきた。あれが港だろう。
「見えてきたんで、もう少しで着きます。」
「おーやっとだねー。えーっとたしか……。」
丸めていた地図を広げ確認する。
「これだね。ポルトゥスって町だねー。」
「ここから南大陸まで、結構な距離がありますね。」
レグヌム城下町から港町までの距離よりも大分ある。かなり時間がかかりそう……どころか、日を跨ぎそうだ。
「けどまぁ、船なら馬車よりも速いだろうから。思ったよりはかからないと思うよ。」
おまけに船なら速度が一定だ。アクシデントでもない限り、おおよそ予定通りになる。
「で、実際問題、どうやって船を調達するんですか?」
遠く離れた大陸まで行く船なんて、そうそう出航するものでもないだろう。一緒に乗せてもらうというのは難しそうだ。
「買い取るのが一番なんだけどねー。それは難しいから、交換条件にしようかなーって。」
「……交渉するってことですか?」
船に見合う対価なんて、思い当たるものがないが。
「そうそう。サンナちゃんにセクシーなことでもしてもらってね。」
「は?殺すぞ。」
「はい。すみませんでした。」
声のトーンが本気だった。
それを感じ取ったのか、エレジーナにしては珍しく真面目な声で謝った。
……何やってんだか。
マカナは背後のやり取りを聞いて、溜め息を吐いた。
「……で、案は他に何があるんですか?」
「今のは案でも何でもありません。」
サンナの鋭い視線が背中に突き刺さった気がした。
「町全体の問題とか、町長の問題とか、何かを解決して船を貰う……要はクエストだね。そういうのをやろうかなって思ってるよー。」
なるほど。まぁそれしか手はないか。
そうこうしているうちに、港町が近づいてきた。
「そろそろ到着しますよ。」