129:岩室
登山を始め、完全に日が暮れ辺りが真っ暗になってきた頃、先頭を行くセプテムがその歩みを止めた。
「そこ。洞穴になってるみたいだから、今夜はそこで休むわよ。」
指さした先には、見え辛いがたしかに洞穴のようになっていた。
身を屈めて入ってみると、そこそこのスペースがある。部屋とみるには少しばかり窮屈だが、一晩過ごすくらいなら問題ないだろう。
「ふぅ~……やっと落ち着けます。早速ご飯にしましょう!」
背負っていた荷物を下ろし、エヌマエルはごそごそと荷物を漁り始めた。
水はセプテムの魔法でいくらでも手に入るが、食べ物ばっかしは買い物する他なかった。フィカスの創造魔法でも創れないためだ。
「明日から頑張ろうということで、今日はお肉にしましょう!」
乾燥させた肉を取り出し、嬉しそうに差し出してきた。
「明日からもっと厳しくなるのよ?肉はなし。」
と、セプテムは肉を荷物入れの中に戻した。
「そんなぁ~。」
これから本格的な登山が始まる。
勿論、登頂することが目的ではない。山を越えた先に行くことが目的だ。そのため出来るだけ楽な道を選ぶのだが、それでもある程度は登っていく必要があるだろう。
そんな事態を予想出来るが故、万が一に備え出来るだけ節約する必要がある。
「じゃあ、このパンはどうですか!?これからいいですよね?」
「あー……いいんじゃない?」
同じく乾燥させたパン。固くて味もほとんどしないが、保存が効くため買ったものだ。
コップを創造し、フィカスは二人に渡す。
「それじゃあ……いただきます。」
「いただきまーす!」
「……いただきます。」
各々の声が洞穴に響き、食事が始まった。
「……どうして火を点けないんですか?」
パンを大きく頬張り、セプテムにそう質問した。
「煙が外に出なかったら大変でしょ?だからよ。暗いけど……全く見えないってわけじゃないし、我慢しなさいよ。」
入り口から月明かりが差し込み、洞穴内を照らしていた。
太陽や火に比べるとかなり薄い光だが、月明かり独特の優しさのある灯りだ。
「月がもう少し移動したら暗闇になるだろうし……フィカス、悪いけど今のうちにベッドを創ってくれない?」
「うん。分かったよ。」
――あんまり大きめな物は創れないな。このスペースだと。なら……。
荷物を含め皆、端に寄りスペースを確保。空いた空間に小さめなベッドを三つイメージする。
「――これくらいのサイズで大丈夫?」
いつも見ているサイズよりも、小さな物を創造した。それでも洞穴内では結構な大きさだ。
「おぉーやっぱり凄いですね、フィカスさんの創造魔法!」
「はいはい……ん、このくらいの大きさがあれば、充分なんじゃないかしら。」
ベッドの上に座り、食事を再開する。
さっきよりも天井が近くなったが、意外と狭苦しさは感じなかった。
「はぁ~ごちそうさま。満足です。」
本当に?
こんな貧相な食事で満足するのかとセプテムは問いたくなったが、訊くだけ無駄だと思い口には出さなかった。
「じゃ、もう寝るわよ。」
「うん。おやすみ。」
時間を気にすると、そこまで長い時間は休めない。さっさと寝るに限る。
……のだが。
寝付けないな……。
疲労は充分だ。けれどフィカスは眠りにつくことが出来ず、狭いベッドの上で寝返りを繰り返した。
左のベッドを見ると、そこにいるエヌマエルは既に眠りについたようだ。
――疲れ過ぎているせい……かな。それとも……。
色々と思考してしまっているせいか。
眠ろうと目を閉じると、昨日あった出来事が鮮明に浮かんでくる。
フォルフェクス、スクォーラとの戦いのビジョンだ。
「眠れないの……?」
ベッドを一つ挟んだ向こうから、そう小さな声が聞こえてきた。
「うん……。何で分かったの……?」
エヌマエルを挟んで、そう訊いてみた。
「……寝息じゃないからよ。何か悩んでるの?」
そっか。寝ている人と起きてる人じゃ、呼吸がどこか違うんだ。
「……悩んでるってわけじゃない……かな。」
これは嘘ではなかった。
自分の中でも今の思いが何なのか、よく分からない。
「……そう。なら、早く寝なさいよ。」
「うん……おやすみ。」
ずっと目を閉じていると、睡魔が襲ってきた。
そして気が付くといつの間にか眠っていたらしく、次に目を開けたのは外から差し込まれる光を感じた時だった。
「ん~……おはよう。」
「おはよ。コップちょうだい。」
「はい。」
まだ眠たい頭を使ってコップを創造し、腕を伸ばしてセプテムに渡した。ちなみに、真ん中のエヌマエルはまだ寝ている。
「ふぅ……食事はまだいらないわね。じゃあ外に出て。」
「うん?どうして?」
「ベッドを燃やすわ。証拠隠滅よ。」
そう言うと本当に炎を出してベッドを燃やし始めた。
「……ん?暑い……?……って熱い!燃えてますぅ!」
「朝よ。さっさとおきなさい。」
「起きます!起きますから火を止めてください!」
「それは無理。」
エヌマエルは飛び起き、ベッドの傍に昨日置いた荷物袋へと手を伸ばし、そこに何もないことに慌てた表情を見せた。
「あ、荷物は僕が持ってるよ。」
外からそう声を掛けると――。
「早く言ってくださいぃ!」
と叫んで物凄い勢いで洞穴から飛び出してきた。
「し……死ぬかと思いました……。」
「はいはい。それじゃ、出発するわよ。」