128:健気
それから黙々と歩き続け、夕日が山脈の影に隠れ辺りが暗くなる頃、三人は霊峰の麓に到着した。
「も……もう……歩けません……。」
「……休んでる……暇はない……わよ……。」
皆、息が上がっている。
このまま登山を開始しても危ないだけだ。
「セプテム、エヌマエル。一旦休もう。」
ここで無理をしては、かえって時間のロスになるだろう。
それならば、一度身体を休めてから行動を再開した方が良い。
「……そうね。」
流石のセプテムもフィカスの言葉に頷いた。
平地を歩き続けてこの消耗だ。斜面を進んでいくのはさらに難しいと判断したのだろう。
固い地面に腰を下ろし、溜め息を吐く。
……この疲労感。それと焦り。
これがいつまでも続くとなると、精神的に参ってくる。
「フィカス、コップ。」
「あ、うん。」
コップをイメージし、創造されたものをセプテムに手渡す。
それにセプテムが魔法で水を注ぐと、コップをエヌマエルに手渡した。
「あ、どうも……ってええっ!?何ですか今のは!?」
「急に大声出さないでよ……何って水魔法よ。見たことないの?」
二つ目のコップを創造し、またセプテムに渡す。
「そっちじゃないです!フィカスさんの魔法ですよ!」
「ああ……そっちね。」
たしかに初見の人から見たら、珍しいどころではない。何しろ物質が何もないところから創造されたわけだ。
三つ目のコップに水を注ぎ、言葉を選ぶ。
「フィカスの魔法は……まぁ記憶にある物を創り出す……みたいな感じの魔法なのよ。」
「うん。だから出来ることはそんなには……ないかな。」
実際には応用が効くのだが、今はそこまで話す必要はないだろう。
フィカスがそこまで考えて喋っているとは思えないが。
「す……凄いです!そんな魔法が存在するなんて!」
「あはは……ありがと。」
笑いながら、この人はどっちだろうと考えてしまった。
サンナみたいに、ただ敬意を払うのか。それとも故郷の人たちみたいに、欲望を押し付けてくるようになるのか。
もし後者なら……。
「セプテムさんは水魔法の使い手なんですね!私は魔法が使えないので羨ましいです!」
「もう私の話?……どうも。」
フィカスの話題で喋りまくると思っていたら、意外とあっさり次の話になった。
思った以上に単純というか……けれど、この性格ならば裏切ったり欲に塗れたりしないか。
――私の魔法については、話しておいた方が良さそうね。
こうもリアクションされては、非常時にも魔法に注意が行ってしまうかもしれない。そういう事態を防ぐためにも、先に言っておく必要がある。
「……私が使えるのは、水だけじゃないわ。」
そう言って、指先から炎を出してみせた。
「……へ?」
目をぱちくりさせ、エヌマエルはポカンとセプテムを見つめた。
信じられないものを見たという表情だ。
「フィカスにもしっかりとは話してなかったわね。」
まぁこれまでの出来事から、何となく察しがついているでしょうけど。
「私の能力は、自然魔法を操る……といったところかしら?」
自然魔法という括りの中に炎や水、風等といった魔法がある。
その中の一つを扱えるというのが、普通の才能だ。
「でも何故か、私は自然魔法という括りに属している魔法を全て扱える。理由は分からないわ。」
「……生まれつき……ですか……?」
「だと思うわ。物心つく前に何かあったのかもしれないけどね。」
断定は出来ないが、恐らく生まれつきの才能だろう。
この世界によって稀……どころか唯一の才能だ。この事実があるからこそ、怪盗シャドウの正体を誰も掴めなかったと言える。
「で、エヌマエル。あんたは何かないの?見た感じ人間よね?」
「はい。私は人間です。それでですが、私は何の能力も持っていません。ただの一般人ですよ。」
そういう彼女の顔は笑っていたが、瞳に寂しさや悲しさを含んでいた。
人間という種族は、ただでさえ異種族と比べ身体的に劣っている。それに加え能力の有無まで問われたら、最弱と言っても過言ではない。
それでも尚人の上に立てる人物は、それだけのカリスマがあるということだ。しかし、人間が全員そのような才能を持っているわけではない。
「私も何か魔法が使えれば、いろいろと人生が違ったんだろうなぁ……。」
「……。」
ボソッとそう呟いた彼女に対して、フィカスの何の言葉もかけてやれなかった。
魔法が使えない人がいることは知っている。故郷にいた人は大半がそうだったし、身近なところでいくとサンナがそうだ。けど、サンナは天使という種族であり、人間と違って翼で空を飛ぶことが出来る。
人間にとって何の能力も持っていないということは、大きな障壁であり劣等感である。
「辛気臭くなってる暇はないのよ。休めたし、そろそろ出発するわよ。」
セプテムが立ち上がると、エヌマエルも元気に立ち上がった。
「はい!荷物持ち、頑張りますね!」
だからこそ、彼女は健気だ。