127:徒行
「ぜぇ……ぜぇ……きゅ、休憩……しませんか……?」
「はぁ?まだそんなに歩いてないでしょうが。」
フィカスとセプテムはエヌマエルという新しい仲間を加え、町を出るとそこから北へ――そびえ立つ山脈を目指して進んでいた。
出発してから小一時間――ひたすら歩いていると、エヌマエルが呼吸を乱しながら休憩を訴えてきた。
「まぁセプテム。エヌマエルは僕たちの荷物を持ってるから、僕たちよりも疲れていると思うよ。少し休んだ方が……。」
「その余裕はないわ。」
フィカスの意見をぴしゃりとはねつけ、太陽を見上げた。
少し頂点から西に寄っている。時間的に見て、そろそろ逃走がバレて追手が放たれた頃ね。
恐らく大量の追手がやってくる。相手側はそのうちの一つでもこちらを見つけられればそれでいい。けれどこちらは、誰か一人にでも見つかってはいけない。
その差を考えると、休んでいる時間などない。追手がまだ散らばっていない間に、出来るだけ距離を稼いでおきたい。
「……大丈夫?」
フィカスはこっそりとペースを落とし、エヌマエルの隣に並ぶとそう尋ねた。
「だ……大丈夫です……。」
大粒の汗をかいていて、とても大丈夫そうには見えない。
段々と日も伸びてきて、気温も上がってくる季節だ。ただでさえ暑さで体力を奪われる時期。それに加えて町で買い物したものを全て背負っている。
いくら自分の命が懸かっている状況であるとはいえ、目の前の人物を非情に扱えるほどフィカスの神経は図太くない。
「きょ、今日は……あの山のどこ……まで行くんですか……?」
遠くに見える岩肌の目立つ山脈。距離があって尚一際高い。
「……このペースで行くと、日が沈む前に麓には着くはずよね……なら、少し登って……見つからないところまで行きたいわね。」
もし数値で表すならば、途方もない距離になるだろう。
そのことを想像してしまい、エヌマエルは青ざめた。
「えぇ……そんなにですか……?」
「夜中に急に移動するよりはマシでしょ?」
「そう……ですけど……って……その……。」
ふと気になっていたことを口にした。
「お二人の口ぶりからして、何かから逃げている……んですよね?一体何から……?」
その質問に二人は顔を見合わせた。
どう答えようか。本当のことを言うか、誤魔化しておくか……。
「……反乱分子……からよ。」
「なるほど……大変なことですね!私、頑張ります!」
……嘘は言っていない……のかな?
まぁ僕たちの視点から考えれば、向こうの――つまりレグヌム国王の考えが間違っているってことになるけど……。
「ええ。頑張んなさいよ。で、エヌマエル。地図出して。」
「はい!」
歩きながら背負っている鞄を開け、町で買った地図を取り出した。それにはこの近辺の情報が描かれている。
「――これから向かう山が、霊峰と呼ばれているサークルム山。その端の方ね。」
「珍しい薬草が自生しているんですよね。冒険者や商人がよく訪れるとかで。」
「そうらしいわね。今は迷惑な話だけど。」
珍しい薬草が生えている霊峰……どこかで聞いた気がする。
「……この地図に霊峰のことは載ってないのね。」
「山まで行く人向けではないみたいですからねぇ……フィカスさん?」
「えっ……何でもないよ。気にしないで。」
霊峰の話をどこで聞いたか思いだそうしとしていて、話を聞いていなかった。
「そう……ですか?それでセプテムさん。あの霊峰を越えていくんですか?」
「そのつもりよ。あんた、その先に何があるか知ってる?」
その問いにエヌマエルは首を横に振った。
「いえ……そっちの方には行ったことがないので。」
――霊峰の先は未知ということか。
けれど、そこもレグヌム領土のはず。ならばそこまで文化等に差はないだろう。そういう面で困ることはないはず。
「そういや、あんたの出身はどこなの?」
「私はですね、ここからずっと東の方に行ったところ――天使が多く住まう村の近くにある町に住んでいました。」
懐かしそうに、けれどどこか悲しそうにそう言った。
「ふーん……エレジーナとはそこで会ったわけ?」
「はい。町にエレジーナが来た時に出会いました。あの方は私の恩人なんです。」
恩人ね……。
エレジーナがいつからアサシンをやっているかは知らないが、エヌマエルの口ぶりからして、そこまで前の話ではないだろう。
そうだとすると、アサシンに救われたということになる。それは中々――。
「――ハードな人生ね。」
「はい?」
「何でもない。少し休むとしましょうか。」
戦闘をゆくセプテムは歩みを止め、その場に座りこんだ。
それに倣って二人も腰を下ろす。
「追手が海の方に行くとしたら、こっちの方にはこないよね?」
今のところ周囲には人影はないが、追われている立場からするとそれでも落ち着かない。
「そのはずよ……。」
普通はそうする……はずだ。
しかし、例外もあるだろう。むしろエレジーナみたいな性格の奴は、山の方を優先してくる可能性が高い。
油断は出来ない、というより、落ち着く余裕はない。
「少し休んだら、すぐにまた歩くわよ。どこかに隠れるまで、気は抜けないわ。」