124:徒歩
「あれ?フィカスは?」
城内の大広間に用意されたパーティー会場を見渡して、ジギタリスはサンナにそう尋ねた。
主役である彼の姿が見当たらない。それは大いに疑問であった。
「あれ……いませんね。ついでにセプテムも。」
ついでかい。
で、いないってことは……。
「どこにいるんだ?」
「さぁ?最後に見たのはどこですか?」
ジギタリスは今日の記憶を掘り起こす。
フィカスを最後に見たのは……。
「飯食った時だ。」
「はぁ?」
大きく胸を張って答える。
「俺が起きた時には誰もいなかったしな。だから、見たのは飯の時だけだ。」
それから会ってないんですか。まったく……。
そう思って、サンナも思い出した。
最後に見たのは朝食の時だ。
……自分も同じだ。
「……ん?どした?」
黙り込んで赤面するサンナを見て、ジギタリスは間の抜けた声で訊いた。
「……何でもありません。それより、アベリアに訊いてみましょうか。」
「おっ、そうだな。」
広いパーティー会場を見渡して、大勢の客に囲まれた姿を発見した。
すぐ傍にはアモローザの姿もあった。きっと、フロス庭園の顧客たちだろう。
「アベリア、少しいいですか?」
サンナが近寄り、そう声をかけると――。
「うん!では皆様、友人が呼んでいるので、失礼させていただきます。」
嬉しそうに頷き、周りの人たちに一礼して駆け寄ってきた。
「おう!何やってたんだ?」
「……姉さんのお客様。その相手をしていたの。」
その声音から、もうすでに疲れてきていることが窺えた。
「話はそこじゃありません。アベリア、フィカスを見てませんか?」
「フィーくん?中庭で会ったっきりね~……いないの?」
アベリアも見ていないか。それと、中庭のことは聞かなかったことにして……。
「……中庭で、一緒に行動しなかったんですか?」
「え?うん。」
サンナは少し悲しそうな表情を見せた。
そうか……想いは伝わらなかったか。
「だって王様が来ちゃったから。私は先に帰ってきたの。」
……ああ、そういうことですか。
それで、今の話からすると――。
「王様に訊くのが手っ取り早いですね。」
空を見上げれば、太陽が頂点に達しようとしてくる頃だった。
そろそろ、パーティーが始まる頃かな?
野道をフィカスとセプテムはひたすら進み、レグヌム城下町からどんどん遠ざかっていった。
「ねぇ……どこまで行くの?」
「とりあえず、海辺まで。国外まで行けば、まず見つからないわ。」
セプテムが出した答え――それは逃亡することだった。
フィカスの考えは国には通じない。国王の口ぶりからして、処刑されてしまうかもしれない。どうせ捕まれば殺される。それなら、逃げれるだけ逃げた方がましだと判断したわけだ。
事情をエレジーナは訊きたがっていたが、答えられないとセプテムが言うと彼女は黙って頷き、それ以上何も訊いてこなかった。
裏社会を知っているエレジーナであれば、こちらの事情を汲み取って誰にも言わないことだろう。
逃亡に気付かれるとしたら、パーティー会場に二人の姿がないと騒ぎ出した時。そこから追手が動き出したとしても、早々追いつかれない。
「……皆にも悪いことしちゃったね。」
「そうね。そればっかりは……まぁ仕方ないわね。」
すぐに決行したため、誰にも言う余裕はなかった。けれど、逃亡が続く限り出会うことはない。その時がくるとしたら、それは捕まった時だろう。
「ところでセプテム……。」
「何よ?」
フィカスは薄々疑問に感じていたことを尋ねる。
「海ってこっちにあるの?」
「……あるはずよ。」
だって、反対方向には山があるんだから。
「……勘?」
「……推測。」
分からないってことだね。
もし海がなかったら、それは拙いことになりそうだ。
それは貴重な時間を浪費したことになる。
仲間を置いて逃げることに後ろめたさのようなものがあったが、今こうして歩いていると、誰かに出くわすことが恐ろしく思える。
――命はやっぱり大切だ。
生きていたい。
そう心から思った。
「……あ!町が見えたわよ!」
遠方に大きめな町がある。
……海は見えないけど。
「行くしかないわ!海は……ないみたいだけど、訊けばいいだけの話よ!」
「うん!行ってみよう!」
太陽に照らされ、じりじりと奪われてきた体力を振り絞って、二人は全力疾走した。
町がどんどん近づいてくる。落ち着いた雰囲気だ。
「着いた……けど……走らなくても……良かったんじゃ……?」
「……うるさい。」
呼吸を整えつつ、散策を開始する。
往来はそんなに人がいない。昼時だというのに、これは少しばかりおかしい気がしてくる。
「……ふぅ……まずは何か食べるわよ。出来れば目立たない店で。」
「うん……あ、あそこはどう?」
大きな店に挟まれた、小さそうなカフェを発見した。
あそこなら目立ちにくいだろうし、落ち着けるだろう。
「いらっしゃいませー。」
女性のウェイトレスが迎えてくれた。他に店員の姿は見当たらない。予想通り、小さなカフェのようだ。
「……はぁ。ようやく少し落ち着いたよ。」
「そうね。歩いてる時はドキドキしたもの。」
「だね……やっぱり、エレジーナにも来てもらった方が良かったんじゃないかな?こういうのに詳しそうだしさ。」
セプテムも怪盗シャドウとして色々と手慣れているのだろうが、やはりアサシンであるエレジーナの方が、こういう活動に慣れているだろう。
「エレジーナまでいなくなったら、感づかれやすくなるわ。だから……。」
「エレジーナッ!?」
突然、先ほどのウェイトレスが食いついてきた。