123:思想
軽く変装をし、セプテムは城内を歩いていた。
今のレグヌムは攻撃を受けたことにより疲弊し、町の修繕が求められている。そのため、城にも大勢の人々が出入りしている。
報告と作業の要請が一気に押し寄せているのだ。その慌ただしさに紛れてしまえば、フィカスが城から出ても、セプテムが訊き回ってもそれを見る者はいない。
「ん……どうも。」
話してくれた人に礼を言い、セプテムは歩きながら思考する。
流石にまだ情報が少なすぎるか。でも……。
国王の態度からして、フィカスの発言を良く思っていないのは確かだ。
けど……雰囲気を見る限り、すぐさま何かを実行するってわけじゃなさそうね。
パーティーの準備も同時に今、進められている。つまり、勇者を讃えること自体を取り消すつもりはないようだ。
「いや……理由が違うか……?」
パーティーの名目なんて、いくらでも変えられる。
最初は勇者のためのものでも、戦争勝利記念だとかに変更すれば良いだけの話だ。
となると……楽観視は出来ない。
最悪、処刑だ。
確たる証拠を掴みたい。
「噂になるには、まだ早い……ならば……。」
もっと深いところに行くしかない。
フィカスの思想を危険視するのであれば、早いうちに手を打つはず。
それを決める立場とすれば、国王の他にその直属の臣下だ。
後回しにすれば、今の感情も考えも消え失せていく。本当にフィカスに何かするつもりなら、記憶が鮮明なうちに伝達するはずだ。
「……行くか。」
ハンチングを目深に被り、セプテムはレグヌム城の深部へと歩み出した。
……この辺まで来ると、出入りが減ってくるな……。
変装していると、かえって怪しまれるか?
しかし、万が一に備えると素顔は見せたくない。
「……王様の独り言を聞いてしまったのだが…………。」
そんな声が曲がり角の先から聞こえた。
……!
壁に身体を寄せ、セプテムは聞き耳を立てる。
「……どういう話ですか?」
声の様子からして、年寄りと若者だ。
「新たな勇者の称号を授ける予定だったあの少年……良くない思想を持っているようだ。」
「良くないって……そういうのですか?」
……間違いない。フィカスの話だ。
会話の様子からして、まだ誰にも正式に言ってないようだ。
「そこまでは……だが、王様は不機嫌な様子でいらっしゃった。」
「そうですか……それってつまり、勇者は取り消しってことでしょうか?」
「それは分からん。しかし、その可能性は高い。」
「もしそうなら……残念ですね。前の勇者で悲劇が起こったばかりだというのに。」
……ここでも確たる話にまでは繫がらないか。
バレる前に引き上げるか。
その場から離れながら、再び思考する。
――まず、国王はフィカスを良く思っていない。
これは大前提だ。
けれど、そのことをはっきりと知る者はまだいない。
「でも……これ以上調べるところも……げ。」
正面から国王が歩いてくる。
隠れようにも、どこに行けば良いのかも分からない。そもそも、もう姿を見られてしまったから隠れようもないが。
「ん?君は……?」
「え……記者の者です。勇者についての記事を書こうと思いまして。」
くそっ……王が城内を歩き回ってんじゃないわよ。玉座にふんぞり返っていればいいのに。
けど……多分バレないわ。
この身長差に加え、ハンチングで顔を隠している。声を低く意識していれば、セプテムではない別人を演じることが出来る。
「ほう……耳が早いな。」
「……記者ですから。それで王様、新たな勇者についてどう思われますか?」
「新たな勇者か……ちょうどいい……。」
ここが核心だ。
一番の権力者がどう思っているかで、今後の動きが決まって……。
「奴は異常な思考を持っている。前勇者と同じく、危険な存在となり得る者だ。」
「えっ!?それはつまり……!?」
声がうわずってしまった。
「うむ。危険な芽は早く摘むに限る。」
想像以上にフィカスを危険視している。
それほどまでに、彼の思想はこの人にとって合わないものなのか。
「それはえっと……つまり彼を……?」
「大罪を犯す前に手を打つ。具体的には……牢に入れるだけでは危険か……それ以上のことを……。」
……もう良い。聞きたくない。
……そうだ。よく考えれば分かることじゃないか。
戦争は国益へと繫がる。
それを否定する思考は、国にとって邪魔でしかない。
「……分かりました。では、失礼いたします……!」
返事を聞く前にセプテムは駆けだした。
そもそも、インペリウム帝国の攻撃を真っ向から受けた国が、フィカスの意見を受け入れるはずがなかった。
フィカスの思想を受け入れられるのであれば、最初から戦争なんてしない。そうならない国策を練る。
「くっそ……!」
もう駄目だ。ここにいては。
城から飛び出し、フィカスを匿った家へと全力疾走する。
「おい!開けろ!」
到着すると、怒鳴り声とともに乱暴に扉を叩いた。
「はいはーい。死神に殺されかけたエレジーナでーす。おやおやー?セプテムちゃんじゃないかー?一体どうし……。」
「どけ!」
エレジーナを押し退け、乱暴に室内に入る。
「フィカス!行くぞ!」