121:姉妹
「えっと……中庭で待ってるからね!」
朝食を終えた時――。
アベリアはそう告げて早々に席を後にした。
「フィカス!たとえどんな結果になろうとも、俺たちは親友だからな!」
そして、ジギタリスがそう言って肩を叩いてきた。
「あ……うん。ありがと。」
いまいち話が見えてこない。
今の台詞からすると、ジギタリスにもアベリアの話が分かってるってことだよね?
「ねぇサンナ。アベリアの話って……?」
「ん?大丈夫です。友人の決意に茶々を入れるほど、私はひん曲がってはいないので。」
「えっ……うん。サンナのことは知ってるつもりだけど……?」
と、サンナと話してみても、ピンとこなかった。
口ぶりからして、セプテムも分かっているみたいだったし……うーん……。
考えても仕方がないか。
どんな話か、ある程度でいいから見当が付いていれば、心の準備も出来るんだけど……そればっかりはどうしようもない。
たとえどんな話であっても、真摯に受け止めよう。
……パーティを抜けるとかだったらどうしよう?
見当違いの心配をして、フィカスは中庭へと向かっていった。
それと同時刻――。
一足先に中庭に来ていたアベリアは、自分の胸を押さえて深呼吸を繰り返していた。
「あら?一体どうしたのかしら?」
「ふぇっ!?姉さん!?」
突然後ろから話しかけられ、全身を震わせて振り返ると、実の姉であるアモローザが木陰に佇んでいた。
「どうして姉さんがここに?」
「どうしてって……私も色々と今回の件に関わっていたからよ。その話でね……それで、貴方はどうしてここに?」
アベリアと比べ短い髪を揺らし、アモローザはゆっくりと近づく。
「冒険者なら、ここに用はないのではなくて?」
「あっ……ううん。フィーくんに……仲間のフィカスくんに話があって……。」
「ふーん……。」
その名前を口にする時、どこか恥ずかしそうな、それでいて嬉しそうな表情を見せた。
さらに言えばあだ名。本当に親しい人には、何かあだ名で呼ぶと良いって子供の頃に言った気がするけど……なるほどね。
何かを確信し、アモローザは一人頷いた。
フィーくんってたしか……あの金髪の子よね?
雰囲気としては、良く言えば穏やかで優しそう。悪く言えば大人しい、消極的。細身の方であり、世間一般に言う殿方の理想像とは外れているけれど……。
「彼なら……悪くないかもしれないわね。」
「ふぇっ!?何の話っ!?」
彼はあの死神を倒した。その実力は申し分ない……どころか、国の英雄と言って差し支えない。昨日の今日でまだ広まっていないが、彼が戦争の立役者であるという話が広まるのは時間の問題だ。
そんな彼なら妹にも……どころか……。
「隠さなくて良いのよ?素敵な彼じゃないかしら?」
非常に貴重で希少な創造魔法の使い手。
そんな彼が婿に来てくれれば、フロス庭園も益々安定するというものだ。
「そ、そうじゃなくて……私は……。」
「いいのよ。素直になりなさい。」
アベリアの頭を撫でる。
「貴方が家出をしたことは分かっている……つもりよ。良家の娘であるという重圧に耐えられなくなったのよね。」
……違うんだけど。
そう思ったが、それを口に出来るほどアベリアは強くない。
「でもね……私は戻ってきてほしい。そう心から思っているわ。また、いいえ……これからは、二人で頑張っていきましょう?」
「二人で……え?お父さんとお母さんは?」
前に来た時は辛い思い出ばかりで気が回らなかったが、両親はどうしているのだろうか?
姉の口ぶりからすると、庭園はもう姉が運営しているようだが……。
「あら?そういえば、リアは知らなかったのね。両親はもう引退したわ。と言っても、まだまだ私の仕事ぶりに口出ししてくるけれどね。」
「そう……だったんだ……。」
家出する時には、きっともう引退を決めていたのだろう。
何だか悪いタイミングで家出してしまった気がしてきた。
「だから、貴方が気に病む必要はないのよ?けどね……。」
「けど……?」
アベリアは自分を撫でる姉を見つめる。
「私一人だけじゃ、どうしても大変なこともあるの。まだ本格的に仕事を始めて間もないけれど、分かるのよ。働くということが、どれほど大変なのかってことが。」
「……うん。」
自分たちで好きに決定し、行動出来る冒険者とは訳が違う。
それが分かっているがために、ただ頷くことしか出来なかった。
「ふふ……心配してくれるのね。やっぱり貴方は良い子だわ。」
撫でる手を止め、アモローザはアベリアに微笑みかける。
「だからね……リア、貴方が婿を連れてきてくれると、私としてもグランディフローラ家としても、とても助かるのだけれど……。」
「だから!フィーくんはそうじゃなくて……!」
顔を真っ赤にして否定する妹を見て、思わず笑ってしまう。
「ふふ、そんなに否定しなくても良いじゃない。それに、本当はどうしたいの?素直になってみなさい?」
「素直に……ローザ姉さん……私ね……。」
「あら?彼が来たみたいよ。それでは私は失礼するわね。」
そう告げてアモローザは早々と退散していってしまった。
「えっ?このタイミングで?」
……せっかく、久しぶりに本音で話せそうだったのに…………。