119:朝陽
ふと、目が覚めた。
欠伸を一つし、フィカスは寝ているベッドから身体を起こす。
……皆、まだ寝ている…………。
時計に目をやると、時刻は早朝を差していた。
身体にはまだ、疲れが残っている。
……良いベッドだと、かえって眠れないのかも。
思い返してみれば、ホテルに泊まった時もそうだった。今でこそ慣れたが、最初はギルドの宿泊室のベッドでもそうだった。
これが、性に合わないってことなのかもしれない。
――散歩でも、しようかな。
寝ている皆を起こさないように、そっと部屋を出る。
「ふぁ……眠い?かも……。」
ボーっとした頭で、とりあえず廊下を歩く。
どこに行こうか。そうだ……。
城内がどうなっているのか分からないので、壁伝いに進んで行き外へと向かうようにしていくと、目的地に到着することが出来た。
庭だ。
まだ薄暗く、澄んだ空気が充満している。
深呼吸を一つ。
「ふぅ……さてと……。」
早朝の空気を肺に入れることによって、少しばかり頭が冴える。
――僕はどうしたら良いんだ?
目を閉じ、自分自身にそう問いかける。
敵の軍師であるフォルフェクスを倒し、混乱を招いた災厄者である死神をも倒した。その実績だけを見れば、相当優秀な冒険者であり、讃えられて然るべきだ。
けど、自分がその立場になってみると、そう人事のように言っていられない。
これまで自分は、一つの観点からしか物事を見ていなかったことに、今回の出来事で気付かされた。
「……あんまり我が儘も言えないしな……。」
他人の命を奪うことで、新たな勇者と呼ばれることになるかもしれない。本当にそれを許容して良いものなのだろうか?
僕自身としては、それを否定したい。
けれど、国王から直々に勇者という称号を授かることになるだろう。
そのため、強く自分の意見を言うことが出来ない。もし強く反論しようものなら、今度は僕が迫害される立場となる。
「……やっぱり、受け入れるしか、ないのかな……?」
現状のことも、この考えと周囲との差も……。
「何の話よ?」
「へっ?」
突然後ろから声を掛けられ、肩がビクンと跳ねた。
後ろを振り返ると、セプテムがボサボサの髪を撫でていた。
「そんな驚かなくても……少し整えてから来るべきだったわね。恥ずかしい……で、何を考えていたのよ?相談に乗るわよ?」
相談か……話したとして、ちゃんと聞き入れてくれるだろうか。変なことを言っていると思われないだろうか。
「……仲間なんだから、遠慮しなくていいの。ほら?」
躊躇っている僕を見て、セプテムがそう言って手を差し伸べてきた。
その手を見つめてから、僕は頷いた。
「――分かった。話すよ。」
彼女の目を真っ直ぐに見つめ、自分の胸の内を明かした。
セプテムは途中、何も言わずただ黙って話を聞いてくれた。
「――なるほどね。」
自分の考え、葛藤を話し終えると彼女は静かに頷いた。
「あんたの考え方は分かるわ。私も同じだもの。」
怪盗シャドウは、世間からは悪という認識しかされなかった。けれどシャドウは、自分の正義に従って働き、活動していただけに過ぎない。
死神も同じだ。彼もまた彼の価値観に従って生きていた。
それを他人が軽はずみに口出しして良いはずがない。人には人の考え方がある。それに共感するかどうかは別として、そういう思考もあると受け入れることが大切だ。
「私はあんたの――フィカスの思考が理解出来る。その考えもまた、正しいと言える……と思う。でも……。」
セプテムの表情が暗くなる。
「周囲が……世間がそれを受け入れるとは限らない。というか、多分だけど認められないと思うわ。もし認められるのなら、そもそも戦争にまで発展しないもの。」
余所が認められない、異常だと思う。そういう考えの延長線上にあるのが、攻撃という手段だ。それの規模を大きくしたものが戦争である。
「けど……その考え方を捨てる必要はないと思うわ。たとえ認められなくても、それがあんた自身の考えってことに変わりはない。」
「でも……思っているだけじゃ、何も変わらないよ。」
どんな思考・思想を持っていようと、周囲がそれを認知しなければ、受け入れなければ、それは異端に過ぎない。戯言に過ぎない。
いつの世だって、少数の弱者は多数の強者に喰われるのだ。
「それもそうね。で、あんたはどうしたいの?自分の考えを捨てたいの?」
僕の考えか……これを僕はどうしたいんだ……?
少し考えて、すぐに答えが出た。
「捨てたくない。この気持ちを忘れちゃ……駄目な気がするから。」
「なら決まりね。」
セプテムが笑った。
「勇者にならなきゃいいのよ。パーティーは今日の午後からでしょうけど、賞与式はもっと後だと思うわ。それまでに王様に言うの。自分の意見をね。」
「もし……その時、駄目だったら?」
国王が受け入れてくれるという保証は、どこにもない。
「その時は……逃げるしかないわね。ふふ……その時は、付き合ってあげるわ。」
目の前が突然明るくなった。
朝陽だ。
「うん……分かった。」
その万が一が来ないことが、一番良いんだけど。
でも、心が軽くなった気がする。
やっぱり、相談して良かった。
「ありがと。せっかくだから……少し散歩していく?」
「そうね。そうしましょ。」