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マジックセンス  作者: 金屋周
第九章:日の出
121/222

118:正義

「……。」



誰もが何も言うことが出来ず、ただ黙ってその姿を見ていた。


フィカスはその手に伝わる感触――肉を斬った嫌な感触を直に感じ、顔を歪ませる。


こうなることを考えていなかったわけではなかった。何も考えずに戦っていたわけでもなかった。ただ――。


……これが人を斬るということだ。


痛いくらいに力を込めていた手を緩め、柄から手を放した。



「……スクォーラ……さん……。」



その名前を口にする時、どう呼ぶか一瞬迷った。


けれど、彼はやはり勇者だ。たとえ、死神としての顔を持っていたとしても。


どれだけ憎んでも、怒りを向けても、彼が勇者であるという根幹は覆らない。



「……ぐっ……まさか……な……。」



スクォーラは己の身体に深く斬り込まれた剣を抜こうとするが、手に力が入らないのか、柄を握るのみだった。



「……負けるとは思っていなかったが……お前に負けるとはな。」



もし、死神じぶんを止められる相手が現れるとするなら、それは自分よりも強い相手。可能性があるならば、それは怪盗シャドウかと思っていた。


しかし、実際には奴ではなかった。


まさか、偶然出会ったただの少年に負けることになるとはな……。



「さぁ……止めをさせ。お前が……新しい勇者だ……。」



「えっ……?」



何を驚いた顔をしている?


この状態から生き延びようなどと考えるわけがないだろう。どう足掻いても死ぬ。ならば、自分にとって重荷でしかなかった……その称号を授けてから死のう。



「……殺せない。」



「フィカス!?」



彼の言葉に仲間たちは驚いた表情を見せた。


――そうだ。ようやく分かってきた。


フォルフェクスとの戦いを終えた後、胸に残ったあの感覚の正体が――。



「……勇者は……。」



言葉が続かなかった。


人殺しじゃない。悪じゃない。


そう続けたかった。けれど、何も出てこなかった。



「……ふん。やはり、頭が良いな……お前は……。」



物事は捉え方によって、その姿を変える。


それをフィカスは理解している。


多くの魔物・悪人を始末してきた者が勇者と呼ばれる。


そのことに疑念を抱く者は多くはないだろう。だが、やられた側から見たらどうなる?


自分の同胞を殺める存在――それは勇者ではなく、死神だ。



「だが……その甘さは……今はいらん……!」



スクォーラは身体に刺さる剣から手を放し、片手に残っていた大鎌の柄を振り上げた。



「させないっ!」



アベリアが両者の間に割り込み、その柄をへし折った。


それを見て、死神は――勇者は笑った。



「ふっ……最後まで……ハァ……精々悩め、もがけ……それが勇者だ……さらばだ!」



「……!待っ……!」



アベリアを押し退け手を伸ばしたが、間に合わなかった。


スクォーラは再び自分に刺さった剣に手を伸ばすと、それを内側へと押し込んだ。



「……ぐっ!……ぅ……。」



そして、彼の身体は倒れた。



「……。」



止められず、ただ空しく手は宙を握った。


……こうして誰かの命を奪う者が勇者?


じゃあ……勇者って何だ?正義って何なんだ?


……分からない。


少なくとも、今の僕は正義じゃない。



「フィーくん……?」



「……。」



心配そうな眼差しを向けられても、何も言えなかった。きっと、この感覚は……気持ちは、ずっと付き纏う。一生、消えることなく。



「なに死んだみたいな顔してんのよ?あんたは勝ったの。今はそれだけを感じなさいよ。」



セプテムが近づいてきて、そう言って背中を叩いた。



「……今は、何も考えなくていいんです。きっと……。」



彼は敢えて自分の手でケリを着けた。


それを言おうとして、サンナは口を噤んだ。


今はそれを伝えても、何も変えられない。そう思ったからだ。



「おう!お前は自分の道を突き進んだ!それだけだぜ!」



ジギタリスが努めて明るい声でそう言ったが、フィカスの暗い顔が変わることはなかった。



「ほら、フィーくん……行きましょ?」



アベリアが優しくフィカスの手を取った。



「……うん。」



アベリアが気絶しているノウェムを背負い、パーティはレグヌム城へと向かった。


フォルフェクスを倒したことにより、戦争が終息するということ。そして……。


今しがたあった出来事、死神の話をするためだ。



「そうか……まさか勇者が死神であったとは……。」



報告を受け、国王は渋い顔をした。


しかし、すぐに明るい表情へと変わる。



「だが、その話は後で良い!今はこの英雄を讃える時だ!フィカスと言ったな!君を新たな勇者として迎え入れよう!」



「え、いや……僕は……。」



思考の整理がしたい。


正義とは何か。冒険者とは何か。それを見つめ直したい。



「遠慮するでない!君の功績は国を救ったも同義!何も恥じることなどでは……。」



「申し訳ありませんが、国王殿。」



付き添いで来ていたアモローザが口を挟んだ。



「フィカス少年は疲れておいでです。話は夜明けにしてもよろしいでしょうか?」



「うむ。それもそうだな。では、明日……ではなく、本日の昼頃より、宴を開こう!話はその時にでもしようではないか。」



「はい。ありがとうございます。それでは、失礼いたします。」



「うむ。誰か、彼らに良い部屋を!」



家臣の一人に案内され、フィカスたちは一際豪華な部屋に連れられた。



「それでは、私は帰るわね。」



「姉さん?どうして?」



「自分の枕でないと、眠れないからよ。」



そう言ってアモローザは部屋を出ていった。



「……はぁ…………。」



フィカスはベッドに腰を下ろした。


そして、そのまま身体を倒した。


……何だか、一気に疲れが襲ってきた気がする。



「あんだけ動いたからな。回復をしたとはいえ、疲ればかりはどうしようもねぇ。つーわけだ皆、回復は済ませたが、さっさと休んだ方がいいぜ。」



「ですね。一度寝ましょう。」



不意に部屋が暗くなった。


誰かがランプを消したらしい。


でも……まぁ……いいか……眠ろう。眠って……それから…………。



「……おやすみ。」

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