117:創造
まだだ……まだ動いても意味がない……。
加勢したくなる気持ちを抑え、フィカスは後方からスクォーラと自分の仲間たちを見つめていた。
連携で崩したい戦局ではあるが、今入ったところで何も変わらない。参戦するのであれば、変えるだけの力が必要だ。
だから――今はその力を待つべきだ。
「このッ……喰らえ!」
セプテムが左手をスクォーラに向けると、耳をつんざくような音が鳴り響き出した。
砂埃が舞い、町がガタガタと音を鳴らす。
風魔法か……厄介だな……。
大鎌を手放した今、魔法を切り裂く術を死神は持っていない。ナイフでは短すぎる。斬るには足りない。
「……ならば!」
レイピアをセプテムに向かって投げ、それを除去するのに風を使わせる。
その僅かな隙にジギタリスの前へと動き、回し蹴りで彼を吹っ飛ばした。
「ぐがっ!?」
その拍子に落とした大剣を拾い上げ、襲ってきた風を切り裂く。
「チィ!」
刃を持たれた今、魔法による攻撃はまたしても効かなくなった。
魔法を止め、セプテムは短刀を構える。
退くわけにはいかない……!ここで応戦……!?
「……ぐっ!」
大剣が粉々に砕け散った。
横から伸びてきた拳を死神は睨みつける。
――怪力の女か……!
油断していたわけではなかった。けれど、彼女への意識が薄れていた。
「ふんっ。」
ざまみろ、とセプテムは鼻を鳴らした。
アベリアが目立った行動をすることは少ない。彼女の動きに目を取られることは多々あるが、戦闘時に彼女は基本、大人しい。だからこそ、彼女への警戒を薄くする者もいる。
――私もそれでやられたわけだし……。
ナイフが闇夜に光った。
――畳み掛ける!
サンナがここぞとばかりに猛攻を仕掛ける。
大剣は面も大きい。つまり、刃でない部分が広い。
柄と根元しか残っていない大剣を相手に戦うことに何ら問題はない。
「くそっ……。」
ナイフを抜く時間がない。
左右から別の意思を持ったかのように襲いかかってくるナイフを前に、スクォーラは防ぎつつも徐々に傷を負い、じりじりと後退していく。
――攻めきれないな……あと一手欲しい……。
攻撃を捌くのが上手い。
一人では難しいか……なら……!
「数を増やすまでだ!」
サンナの隣にセプテムが並び、短刀で援護していく。
両者の攻撃を捌き切ることなど不可能。
スクォーラの身体のあちこちから血が流れ始めた。
……私たちへの対応で精一杯のはず。今が好機……!
どこかでアベリアかジギタリスに攻撃してもらえば……それで……。
「……ッ!逃げてッ!」
フィカスが叫ぶと同時に、スクォーラは後退の歩みを止めた。
彼の足元には大鎌が――。
「しまっ……!」
大剣の残骸を捨て、スクォーラは素早く身を屈めた。
そして大鎌を掴み、飛び退こうとする二人の身体に刃を入れた。
「がぁっ……ぐっ……ぅ……!」
歯を食いしばり、セプテムはサンナを支えて立つ。
傷は深くない……!
あと一歩、反応が遅れていたら身体を真っ二つに裂かれていたことだろう。
「サンナッ!飛べ!早く!」
「ぐっ……分かって……いる!」
翼を生やそうとするが、痛みで力が込められない。
駄目だ……飛べない……。
「私はいいから……セプテム……逃げろ……。」
「そうは……!」
「いかない!」
二人とスクォーラの間にフィカスが割り込んだ。
「無駄だ!」
大鎌のリーチならば、まとめて貫くことが可能だ。間に入ったところで壁にすらならない。
「無駄なんかじゃない!」
――彼の動きを観察して、分かったことが二つある。
一つは、大鎌を真っ直ぐ縦に振らないということ。必ず斜め方向から振っている。
二つ目は、大鎌を大きく振れるように柄を握っている、ということだ。多分、そう持つことに慣れている。つまり、癖だ。
「だから――!」
フィカスは前進し、スクォーラの間近に立った。
「ッ……!」
大鎌の刃の内側――超至近距離まで接近すれば、刃を当てることが出来なくなる。
想定外のフィカスの行動に、スクォーラは初めて焦った表情を見せた。
今から柄を短く持っても間に合わない。ナイフを持つことも間に合わない。これでは……。
いや……。
こいつも武器を持っていない。得物なしに命を脅かすことは不可能だ。
――奴が武器を創造するのが先か、俺が刃を奴に当てるのが先か。
そういう勝負に持ち込んだということか……!
「舐めるな!……ッ!?」
フィカスは身体を横に動かした。そして視線を目の前にいるスクォーラから外した。
「何を……!?」
――フィカスの創造魔法は、頭の中でイメージを行う。そこにある、という想像をする必要がある。それはつまり――。
「受け取れフィカスッ!!」
フィカスはスクォーラの後方に立つジギタリスの手元に創造を行った。そこに望む武器がある、というイメージだ。
創造された、大きく湾曲した剣を掴み、ジギタリスはそれをフィカスに向かって全力で投げた。
それはブーメランのように弧を描き、死神の背中を回り込むようにフィカスの元へとやってきた。激しい回転をした武器を素手で掴めば手を斬ることになるが――。
――見える!
忘我状態に入ることで、柄の部分をキャッチし刃を死神に向け――。
「無駄だッ!!」
その僅か数瞬の出来事の間に、スクォーラはフィカスから一歩距離を取り、大鎌を振るった。
今からでは大鎌が先に……!
「ッ!?こいつッ……!!」
大鎌の柄が折れた。
割り込んできたアベリアの飛び蹴りだ。
「フィーくんッ!」
「ああ!」
今、フィカスの刃を阻むモノはなくなった。
腕を鞭のようにしならせ、湾曲した剣がスクォーラの身体に深く斬り込んだ。