115:本性
「……顔を見せるつもりはなかったが……仕方ないな。」
切り落とされたフードを見て、死神は溜め息を吐いた。
これまでと比べ、声が少し高い。ワザとしわがれた声を出していたということだ。
――それもそのはずだ。
これまでの全てが演技である。
認めたくないが、彼の素顔を見た以上、そう考えざるを得ない。
「まぁ……構わないか。どうせ、全員殺す。俺の正体を知る者はそれでいなくなる。それだけのことだ。」
彼はそう口にした。
そこには、何の感情も含まれていなかった。
そう、何もなかった。
情も、熱も……今まで過ごしてきた時間も。
「……本当にお前なのか……?」
信じられない、そういう口調でサンナが問いかけた。
すると彼はすぐに頷いた。
「ああ……これだから面倒だ。だから死神が生まれたというのに……。」
――表の姿は、本当に害しかない。
どれだけ持て囃されても、ストレスにしかならなかった。だから、その鬱憤を晴らすべく、死神として殺し合いを楽しんでいたのだが……。
「……認めるのか…………?」
「そうだ。これが俺だ。言いたいことでもあるのか?」
高身長の彼は不思議そうに訊いてきた。
これまでの自分の行いを、何とも思っていないかのように。
風が吹き、彼の赤紫色の髪が揺れた。
「どういうことだ!?勇者スクォーラ!!」
腹の底からサンナは叫んだ。
その言葉には怒りや失望、疑念の意が含まれていた。
「どうもこうもない。これが俺の本性だ。」
「ぐっ……お前はッ……なぜ騙していた!?答えろ!?」
訊きたいこと、言いたいことが山のように出てくる。様々な感情も相まって、うまく言葉が出てこない。
「騙すも何も……死神が本業だ。勇者なんぞ、勝手に周りが騒ぎ出した結果に過ぎない。」
「勇者の名は……どうでもいいってことなのか……?」
冒険者にとっての憧れであり、国の誇り。それが勇者だ。
その勇者の名を持つ男は、ただ頷いた。
「どうでもいい。むしろ、邪魔な呼び名だ。おかげで変装しなくてはならない。万が一に備えてな。」
……躊躇いとか、惜しさとか、そういう類の感情は彼にはない。
淡々と、真実を伝えるためだけに口を動かしている。
「下らん戦争のせいで五月蠅かったが……これもよしとしよう。」
こうして目の前に、多くの狩り甲斐のある奴らが現れているのだから。
「勇者が……死神……か。」
信じたくない事実だ。
けれど、だからこそ、認めたくないが合点がいった。
「……大鎌じゃなくて、あなた自身の魔法がそうさせている……ですよね?」
「ああ。お前と同じくくりになる。」
フィカスの質問に対し、彼は認めた。
ナイフでも同じことが起きていたから、間違いないだろう。
彼の魔法は、刃物が全てを斬るようになる。
「やっぱり……そうだったのか……。」
だから彼は、レイピアを使っていた。
レイピアに刃となる部分はない。つまり、魔法が発動することがない。だからこそ、巧妙に隠せていたわけだ。
勇者には何の特異もない。誰もがそう思いこんでいただけだ。
「……最後に一つだけ訊きたい。」
「何だ?」
「……仲間に手をかけることに、何の感情もなかったのか?」
勇者の仲間たちは常に信頼し合い、強力し合ってきた。そして、リーダーでもある勇者を尊敬していた。
だのに。
「当たり前だ。奴らなど、どうでもいい存在だ。」
彼はあっさりと仲間を要らないと言った。
その言葉を聞いて、フィカスは怒りが込み上げてくのを感じた。
人にはそれぞれ信念がある。人によって考え方、捉え方が違う。
それは分かっている。それに文句をつけても仕方がない。それが人というものだ。
「……でも!それでも!!」
自分を信じ、友と、仲間と呼んでくれる存在がどうでもいい?
人の気持ちを踏み躙り、数多くの命を奪い、仲間である彼にさえ何の躊躇いもなく刃を向ける。
それを悪と呼ばずして、一体何を悪と言うのか。
「許さない!絶対に!!」
そう叫ぶと、フィカスはスクォーラに接近した。
創造がいつもよりも早い。一瞬で武器が創れる。
剣を想像すると、感情のままに叩きつけた。
が、それはあっさりと斬られた。
大鎌の刃がフィカスの剣を裂き、手元に柄と短くなった刃だけが残る。それを捨て……。
「ほう……。」
二撃目。
新たな剣を創造し、またそれで斬りかかる。
それも斬られた。ならば、また次の剣を……。
――頭の中が真っ白になっていく気がする。
けれど、それによって思考が阻害されることはない。むしろ直感的に、ほぼ思考せずに次の選択をすることが出来る。
これは……。
「忘我状態か。」
勇者が……いや、死神がそう呟いた。
景色が鮮明に、まるで明け方のような視界になる。死神の挙動全体が捉えられる。大鎌の動きがはっきりと見える。
「だが、それは無意味だ。」
また剣を斬られた。
動きが見えているはずなのに、上手く対応出来ない。
これは……?
「あいにく、それは体験済みだ。」
どれだけ速くとも、どれだけ見えていようと、関係ない。
一度見れば、もうそれは想定の範囲内だ。