114:読み
迫りくる死神を前にして、逃げたくなる気持ちをグッとこらえ、フィカスは目の前の景色に集中する。
見ろ……死神だけじゃない……全部だ……!
巨大な石壁を創造し、自らと死神との間を塞いだ。さらに己の武器を創造しておく。
石壁に亀裂が入った。鈍い銀色の刃がその亀裂から顔を見せ、そこを起点に壁が崩壊した。そして死神が崩れた石を踏みつけ接近してくる。
今だ……!
こちらに向かって歩きだしてきたこの瞬間――!
「……ッ!」
そのタイミングこそが、フィカスの狙っていたものだ。
先ほど創造した武器――それは大鎌。
大きく振りかぶり、横からそれを振るった。
――死神は壁を突破すること、そしてその奥にいる僕のことを考えていたはず。それはつまり、それ以外への意識が、警戒が薄れていたということ!
完全に隙を突いた一撃に、死神は驚いた様子を見せるとともに飛び退いた。
躱された……!
「けど……!」
一瞬。ただ一瞬さえあれば良い。その時間さえあれば、次の攻撃を繰り出すのには充分すぎる。
「喰らえェ!!」
ジャンプし、勢いをつけた縦斬りをジギタリスが仕掛けた。
「チ……。」
死神はまたもや躱した。
大鎌で反撃に出る余裕がないことの現れだ。
――良い陽動です。
ジギタリスが大声を上げたことで、空を切る僅かな音さえ掻き消えた。
「くっ……。」
サンナが空中からナイフで攻撃したが、死神が避ける方が一瞬早かった。ナイフはローブの端を裂いただけだ。
「まだだぜ!」
フィカスが正面に、ジギタリスが背後にそれぞれ回り込む。
「逃がさない!」
そしてサンナが二人の中間に降り立った。
これで準備は整った。
これで……。
「そこか……。」
先ほど仕舞ったナイフを取り出し、死神は三人のいない方向へと投げた。
「うっ……。」
跳び出そうとしていたアベリアは、それを見て踏み止まった。
読まれていた……?
「……クソッ!」
陣形が崩れた。今からでは、もう遅い。
そう判断するや否や、サンナが飛び出し死神に斬りかかった。
それを死神はバックステップで躱しつつ、徐々に三人から距離を取っていく。
「……っ!」
突如、大鎌を背後へと回した。
アベリアは急ブレーキで止まり、跳躍して後方へ移動する。
「このやろっ!」
――後ろにも目が付いてんのかよ!?
大剣で薙ぎにいくが、大鎌によって大剣が斬られた。
軽くなった大剣を捨て、ジギタリスはフィカスの元へと行く。
「同じの頼むぜ!」
「ああ!」
フィカスは大剣を急いで創造する。が、その時間があれば……。
「させるかッ!」
ジギタリスへと駆けだした死神を止めるため、サンナが接近を仕掛けるが、振り回される大鎌によりそれは阻まれた。
ぐっ……接近出来ない……。
全てを斬る大鎌。その存在のせいで、不用意な接近が許されない。
つまり、歩みを止める手段がない。
数の有利である、足止めが一切効かない。
「下がって!」
大剣の創造を一旦諦め、フィカスは前に出た。
小剣を構え、左右に揺さぶりをかけながら隙を窺う。
……どっしりと構えている……そんな感じだな……。
無理はあまりせず、出来るだけ安定した行動を好む。
これまでの戦闘ぶりから見て、そんな感想をフィカスは抱いた。
「――だったら!」
左足を奥に、重心を手前に。
出来るだけ身体を斜に構え、一気に接近する。
……無茶に対して、どう動く!?
ここで普通に斬りかかられたら、躱す術はない。しかし、無茶に対抗するには相応のリスクがある。
「……フン。」
死神はフィカスに対しては何もアクションを起こさず、脇に大きく跳んだ。
直後、アベリアが死神のいた地点を強く叩いた。
――読んでいた……プラス無理はしないってことか……それより!
重心を傾けた身体は、そう簡単に止まるものではない。
「ぶつか……ッ!」
「ごめんねっ!」
アベリアはフィカスの身体を受け止め、そのまま宙へと放り投げた。
「うわっ……っと!」
宙に浮かぶ感覚……とまではいかないが、浮遊感には慣れてきている。これまでと違い、そこまで慌てたりせずに済んだ。
……ちょっと高すぎないかな?
地上が遠い。というか、暗さも相まってほとんど何も見えない。
……見えてきた……あと、着地どうすればいいんだろう……?
サンナが斬りかかるのが見えた。
両手を寄せて、大鎌の柄に二本のナイフを当て奥へと弾く。その後、弾くために伸ばした両腕を下に向け、右足で回し蹴りをした。
「ぐぅっ……!」
鎧は身に付けていないか。
そのまま地面付近で一回転すると、その勢いのままに右手のナイフを投げつけた。
だが、それは振り下ろされた大鎌によって斬られた。けれど、これで刃は下を向いている。
好機……!
アベリアが拳を固め、死神に襲いかかる――。
「ん……それッ……!」
「何ッ……?」
しかしアベリアは攻撃せず、ジャンプして死神の頭上を飛んだ。そして落下してきたフィカスを受け止め、彼を小さく投げた。
よし……!
今ので体勢に余裕が生まれた……これなら……!
ブーメランを創造し、それを死神の首めがけて投げた。
バサッ……。
ブーメランは首まで届かなかった。フードを裂いただけだ。
――腕の振りが甘かったか……でもこれで、フードを剝げた……。
「……えっ!?」
死神のその素顔が今、顕わになった。