112:行動
いつの間にか戦場の騒がしさは消え、真夜中の静けさが辺りを支配していた。
恐らく、敵味方双方の戦力がほとんど倒れたことだろう。今この場で動けるのは、ほんの一握り。その一握りの人物たちが一か所に集っていた。
……敵の増援が来る気配もないし、そもそも物音がない。
戦争が良い方向へと動いているのかもしれない。けれど、それ以上に気になることがあった。こちらの戦力の話だ。
戦っている者が他にいないのであれば、ここに来てもおかしくはない。しかし、実際にこの場に来る者はいない。つまり、他で戦死したとも考えられる。
――あの勇者がやられるとも思えないが……気になるな……。
「……何を思考している?さっさと来い。」
「……煽られちゃ、行かないわけにはいかない、か。」
――優位なのはこちらだ。怖気づくな。
左手を死神へと向け、雷魔法をセプテムは放った。
それと同時にアモローザは水魔法を、ノウェムは氷魔法をそれぞれ放つ。
「フン……。」
大鎌を地面と水平に振るい、全ての魔法を切り裂いた。
そこに、大きく踏み出したノウェムが接近し、首元めがけて剣を振るった。
死神は大鎌を上げて柄でノウェムの剣を受け止めた。そこに脇からセプテムが接近し、短刀を腰めがけて突き出す。
そしてアモローザが水の膜を死神の背後に張り、退路を断った。
……抜け出せない、か。
ノウェムの剣の扱いが上手い。大鎌を動かしてシャドウの攻撃をも防ぎたいが、それを許さないように仕掛けてきている。
さらに背後には水の障壁。これをくぐり抜けるのは難しいだろう。
身動きが許されないこの状況。
ならば……。
「エッ!?」
死神は大鎌を手放した。
対抗していた力が消え、ノウェムは込めていた力を制御出来ず前のめりになり、そのまま水の膜に顔を突っ込んだ。
「……ぐっ!」
アモローザは慌てて水を消した。
このままにしておいたら、ノウェムが窒息死する恐れがあったためだ。
だが、これにより死神の退路が出来たことにもなった。
「逃がすかっ!」
いくら退けるようになったとはいえ、もう短刀は間近に迫っている。このまま刺せば……。
「逃げなどしない。」
肉薄するセプテムに対し、死神は静かにそう答えた。
ローブの中に手を伸ばし、ナイフを取り出した。
そしてそれを、無造作にセプテムの肩に突き刺した。
「はっ……があああぁぁっ!?」
肉を貫通し、骨に突き刺さった。その痛みに咆哮し歩みは止まる。
何が起きた!?なぜこんなにも簡単に刺さるんだ!?
握っていた短刀を思わず落とし、セプテムは右肩を押さえる。
「……。」
「がっ……ぐっ……!?」
死神はセプテムの腹に蹴りを入れると、悠々と手放した大鎌を拾い上げた。
そして、立ち上がるノウェムにその刃を突きつける。
「……ッ!」
ノウェムは死神を睨みつけたまま、動かない。
……動いたら、殺られる。
「……!」
その様子を後方から見ているアモローザもまた、動けなかった。
ここで下手に動いたら、姫様の身が……どうしたら……?
「……油断してんじゃ……ないわよ……ッ!」
死神の背後でセプテムが吠え、火球を投げつけた。
「……。」
死神は後ろを見ずに、横に動いて炎を躱した。
「ッ……!」
死神が避けたことにより、自分に向かってくる炎をノウェムは氷壁を創り受け止めた。
これで動ける……!
セプテムの魔法で、死神のこちらに向けられていた刃がいなくなった。ノウェムはその隙に動き出し、死神に迫っていく。
ここで退くという選択肢は端からなかった。
「覚悟なさいっ!」
剣の柄を強く握り、鋭い突きをノウェムは繰り出した。
「……五月蠅い奴だ。」
大鎌の柄を握る力を緩め、掌を滑らせる。そして、刃のすぐ根元で握り直し、それを振ることでノウェムの剣を真っ二つに斬った。
「そんな……!?」
短く持ち替えることにより、中距離まであった攻撃範囲はなくなったが、短くコンパクトに振ることが可能となり、近接戦に対応出来るようになる。
振った刃をそのまま自分の身体に引き寄せるように動かし、長くなった柄をノウェムに突き出した。
「ぐぅ……!」
腹部を強く突かれ、よろめいたところに左右から滅多打ちにし、ノウェムは地に伏した。
……今のは棍術か……!
ただ強いだけではない。対応力が凄まじい。
判断力もそうだが、実際にその場面に直面した時に、すぐさま行動出来る実行力がある。まさに歴戦の強者だ。
「こんのっ……!」
セプテムは思いつくままに様々な魔法を連射し、死神をその場から動かさせる。
「アモローザ!ノウェムを連れて行け!」
「え、ええ!」
いくら死神といえど、絶え間なく撃ち込まれる魔法を前にして、ノウェムへ攻撃を仕掛ける余裕はないはず。
当たらなくていい。ただこちらに注意を引きつけられれば、それでいい。
「くっそっ……化け物め……!」
死神がじりじりとセプテムに接近していく。
これほどまでに魔法で攻撃されているというのに、それらを全て大鎌で切り裂き、僅かに生まれた隙に動いてくる。
「貴方も逃げてちょうだい!」
アモローザは倒れているノウェムを何とか背負い、逃げながらそう叫んだ。
右肩を刺され、あの子はもう武器を振るえない。
それでは勝ち目はない。魔法は切り裂かれ、通用しない。そもそも、魔法を使うのにも体力と集中力を要する。もう長くは持たないはずだ。
……勝てない。
その言葉が頭に浮かんだ。
逃げるしかない。いや、逃げたところでそれは延命にしかならないのかもしれない。
どうすれば……もう……。
暗い感情が浮かび上がってくるその時、外から声が聞こえた。
「皆!大丈夫!?」