111:連携
腰にある鞘から短刀を引き抜き、セプテムは腕をゆっくりと引いた。そして、短く息を吐き出す――。
「……ッ!」
次の瞬間、風魔法の力で身体を前へと大きく動かし、一気に間合いを詰め斬りかかったが、柄で防がれた。
反応が速い……というより……読んでいた……?
けれど、はっきりしたことが一つある。
全てを切り裂くあの大鎌にも、柄にはその能力が備わっていないようだ。
これならどうにかなるな……!
攻撃を止め、風で空中へと退避。そこに後方から分厚い水の塊が投げ込まれた。
アモローザによる水魔法の攻撃だ。あの水圧を受ければ、どんな生物でも耐えられないことだろう。しかし、大鎌の刃によりそれは真っ二つに裂かれた。
水が裂けるという世にも珍しい光景を見下ろしながら、セプテムは上空から雷を放つ。
――この位置。そして雷のスピードであれば、躱すことは不可能のはずだ。
死神の反応はただ僅かであった。大鎌の刃の部分を宙へと向けただけだ。ただそれだけで、雷は掻き消えた。
「――ハァッ!?」
本当に死神は……!
セプテムは着地し、次は炎魔法を放つ。
「アモローザ!」
「呼び捨てはいただけないわね!」
それと同時にアモローザもまた、水魔法を死神に向けて放った。
前からは水が、後ろからは炎が迫る状況。どちらも避けなければ致命傷となることだろう。
「……なにっ!?」
死神は脇に跳んで、その両方を躱した。
しかし、両者の魔法はぶつかり合い、激しい水蒸気を辺りに撒き散らした。
――流石の死神も、この現象は知らなかったようだな。
冷気と熱がぶつかり合うことで、白い煙が大量に発生する。場合によっては爆発が起きる。
「あら?こんなことが起きるのね。」
これは、複数の魔法を操れるセプテムしか知らないと言っても過言ではない現象だ。
――多分、家事の火を消す時にも同じことが起きてるんだろうけど。まぁ火の煙に紛れて気が付かないだろう。
視界が奪われれば、人はそれを取り戻そうとする。
死神もその行動をとった。大鎌を大きく振りまわし、水蒸気を消していく。そこに……。
突如、死神の足元が揺れ出し、石畳が剥がれ大地が隆起した。
土魔法。岩や土を動かすことが出来る魔法だ。無から生成することも可能ではあるが、扱いが難しく実戦には向いていない。
「……チッ!」
両者は同時に舌打ちした。
思っていたよりも浅いか……!
隆起した岩により死神のローブを僅かに裂いたが、傷を負わせるまではいかなかった。咄嗟に下に振られた刃によって、岩を斬られたからだ。
「……だが!」
体勢は崩した。
強者はこの僅かな隙を逃さない。
足元の地面を操り、バネのように動かし身体を勢いよく跳びださせる。そして短刀に雷を纏わせ、死神の心臓を狙って突き出す。
「させないわ!」
セプテムの攻撃を避けようとした死神を囲むように、水の膜が張られた。
水を消すためには、最低一振りいる。その時間があれば、短刀を突き刺すことなどたやすい。雷を纏っている以上、触れば感電する。
逃げ道は……ない。
「もらっ……何だっ……!?」
水の膜に短刀が入った瞬間、纏っていたはずの雷が消えた。
「……運はこちらに向いているか。」
死神は突き出されたセプテムの腕を掴んだ。
「ぐっ……!」
振りほどけない。このままじゃ……やられる。
魔法の反撃と死神の刃、どちらが速い?いや……迷っている時間はない。イチかバチか……!
「……ッ……誰だッ!?」
死神の身体に向かって氷柱が放たれた。
セプテムの魔法ではない。けれど、チャンスだ。
氷柱を避けるために死神は掴んでいた手を離し、二人はその場から移動した。
「ふふん。この私が来たからには、もう好きにはさせないわよ!」
暗闇の中から、アッシュグレーの髪色をした女性が現れた。
「……何で来たんですか?」
「酷いわねっ!?私が来ていなければ、貴方はピンチだったのよ!?」
ミニスカートのドレスを纏った背の高い女性は、美しい飾りのついた剣を死神に向けた。
「さぁ……ここからは私も戦うわよ!」
「ほぅ……姫君まで現れるとはな……良い戦場だ……!」
レグヌム王国の王女・ノウェム。彼女までもが戦場に現れることは、敵味方問わず予想出来なかったことと言えよう。
「全く……面倒なのが来たな……!」
セプテムは頭を抱えた。
これ以上、ややこしくしないでほしいわね……。
「面倒ってどういうこと!?」
「そのまんまの意味です。」
姫が万が一にも殺されるものなら……あぁ面倒くさい。守りながら戦わないといけないのか。ただでさえ、先ほどアモローザとの連携に失敗したというのに。
「ごきげんよう、姫様。」
「アモローザ……貴方も来ていたのね。ちょうどいいわ。三人で協力して奴を倒すわよ!」
「……僕が前衛、アモローザさんは後衛。姫様はその間で立ち回ってください……。」
「ええ。任せてちょうだい!」
本当、面倒だ。
けれど、相手にとってもそれは同じことだろう。姫の剣の腕と魔法の才能は、広く知られている。
死神にしても、厄介な布陣になったはずだ。
「面白くなってきたものだ……。」
フードの奥で、死神が笑った気がした。
「さぁ……来い……!」