110:選択
大鎌は歪な軌道を描き、剣が根元から落ちた。そのまま迫りくる追撃を後ろに転ぶように回避し、思わず舌打ちをする。
「……くっ……!」
……規格外の強さだ、死神は。
助けに行かない方が、案外賢い選択だったのかもしれないな。
そんなことを考えつつも、マカナは死神から距離を取り、別の武器を取り出した。
「……魔法による攻撃も効果が薄いみたいだし……どうするよ?」
折れた杖を持ったネモフィラは真っ直ぐに死神を見つめる。
「――ここで退くわけにはいかん。持ちこたえるぞ。」
「……そうは言っても……。」
エレジーナも当てにならない。
そう言おうとして、マカナは喋るのを止めた。たとえ気休めだろうが虚言だろうが、前向きな気持ちを保てる方がいい。だから、現実的な発言は控えた方が良いと判断したのだ。
――けど実際、エレジーナが来ても戦局は変わらない気がするな。
俺とウルミとネモフィラの三人では、どうにも火力が足りない。おまけに小細工もあの大鎌には通用しない。
……どうする?
「……マカナ。」
「うおっ喋った。で、何だ?」
ウルミが俺に口を利いたのは、これが初めてだ。今はどうでもいいけど。
「……潮時。」
「……そうだな。」
ここで無理してまで戦う理由なんてない。自分の命は一つだけだ。
プロを名乗るならば、自分と相手の実力を見定め、それに準じた対応が求められる。つまり、この場においては――。
「俺たちはここで退く。」
「……そうか。」
意外とクールな反応だな。
そう思った。ここを去ることにどれだけ憤怒するかと思いきや、この冷静さ。もしかしたら、最初から頼りにしていなかったのかもしれない。
「まぁ余ってる戦力を代わりに誘導しといてやる。だからまぁ……頑張れ。」
せめてもの罪滅ぼしか。罪悪感からか。
考えてもいないことが、言葉となって飛び出してきた。
……でも結局、そうしないとダメだろうしな。
ここでネモフィラが死んだら、そのまま死神は移動する。となれば、遅かれ早かれ町にいる奴は全員殺される。
「行くぞ、ウルミ。」
「……。」
無口に戻った。どうでもいいか。
死神とネモフィラの両者に背を向け、駆け足でその場を去った。
……大半は既にやられている様子だった。呼べるとすれば……。
「っといいところに。」
「ん?君はエレジーナの……。」
セプテムもとい怪盗シャドウ。それと金持ちの……アモローザだっけ?
「セプテム、奥に死神がいる。相手を頼んだ。」
「今の僕はシャドウだが……まぁいい。で、君は?」
君?俺一人だけが対象か。ウルミはどうした?
……既に遠くを走っていた。止まりもしなかったらしい。
「俺は逃げる。命が惜しいからな。」
金は大事だ。けれど、それ以上に自分が大事だ。
だからこそ、状況によっては逃げもするし隠れもする。
どんな時でも自分の都合が優先で、絆や信頼よりも自分の価値観。それがマカナという少年だ。
「あっそ。好きにしろ。行くぞ、アモローザさん。」
「ええ。ではごきげんよう。」
「……どうも。」
生き延びる前提か。大したもんだ。
でも、それくらいでちょうどいいかもしれない。絶対的な自信と精神。それがなければ、どれだけ強くとも生き残れないだろう。
……死神にも、そういう何かがあるのか?
ふと疑問に思ったが、考えるのはやめにした。
考えるだけ無駄だ。どうせ、生きるか死ぬか。どっちに転んでも、その信念やら信条やらを聞くことはない。
「……賢い選択ではあるな。」
「あら?何か言ったかしら?」
「いいや、何も。」
情や雰囲気に呑まれ、自分の判断力を見失うことが、一番命を落とすことに繫がる。どんな状況下においても、冷静に非情な判断を下すことが生き残るコツだ。
だからこそ、彼は賢い。
死神を倒したら、その考え方を教えてもらおうか。色々と参考になりそうだ。
「――あれか。」
赤いローブに全身を包んだ、背の高い人物。
本人を見たことはないが、あれが死神で間違いないだろう。
「おい!下がれ!」
一人で奮闘する男――ネモフィラにそう怒鳴り、入れ替わるように前線に立つ。
「僕たちがここからはやる。君は入り口の方に行っていろ。」
「いや、俺はまだやれる。このまま……。」
「いいから言う通りにしろ。いても足手まといになるだけだ。」
合わせたことのない奴と共闘なんて、自殺行為に等しい。尚且つ、彼は既に疲弊している。
ただでさえ、合わせたことのないアモローザとタッグを組むというのに、そこにこいつまで入ってきたら、いよいよ動けない。
「……分かった。任せる。」
「ああ。……それと、オオカミの少女は見たが、幽霊と勇者はどうした?」
ラフマは瀕死の姿を見たが、あとの二人は見ていない。この戦況で見かけないということは……あり得ない話ではない。
「知らん。戻りがてら、一応捜してみる。ここは頼んだ。」
「ああ。」
去ったネモフィラを頭から削除し、目の前の敵を見据える。
さて……どう戦うか……。
「僕が前に出る。アモローザさんは後方から魔法で援護を。」
「ええ。任せてちょうだい。」
とりあえず、こうするしかないな。呼吸も合わないだろうし、並んで立つのは危険だ。
「少しでも怪しいと思ったら、攻撃は止めてくれよ?」
「あら、誰に向かって言っているのかしら?」
この状況で軽口を叩けるのなら、何も問題はないか。
「……さてと。」
息を深く吸い込み、セプテムは集中する。
――やるか。